もっとも原始的な弓というのは、こんな感じのやつ。
木の棒。紐。シンプル。
これは一つの材料で作られるので、「単弓(セルフボウ) 」と呼ばれます。
材料は森に山ほどありますし、作るのも簡単。石器時代の人々は、しばらくの間これを使っていたと推察されます。
アフリカの原住民なんかが使っているのもこのタイプです。
前回見たとおり、弓はたいへん有能な飛び道具なので、必然的に戦争にも使われるようになっていきます。
そうすると、より高い威力、使いやすさをどんどん求められていきました。兵器の悲しい宿命なのであります。
しかし、戦争は技術発展の母でもあります。ここから弓の進化はものすごい勢いで進んでいきました。
今回はその辺の進化・発展の流れを見ていきたいと思います。
初期の弓
その最初のブレイクスルーが、「弓を長くする」というものでした。
そもそも、弓というのは単純に言えば「バネ」です。
弦を引き絞ると弓が変形し、それが元に戻ろうとする時の力を利用して、矢を押し出しているのです。
そのため、矢の威力を上げるために改良すべき点は、大きくは2つしかありません。
1つ目の改善点は、 「元に戻ろうとする力」を強くすること。バネを強くするのです。
これは、どの木材を材料にするかで決まります。普通は堅くて丈夫な木を選ぶので、あんまり改善しようがありません。
もう1つの改善点は、「矢を押し出す距離」を長く取ること。
弦が矢を押す時間が長いほど、矢の威力は上がっていきます。
矢を押し出す距離を長く取るということは、すなわち弦をどれだけ引き絞れるかということを意味します。
青矢印の距離が大事。
ただ、たくさん引き絞れる弓というのは、要はビュンビュンしなる木材で作られた弓なわけで、「元に戻ろうとする力」が弱いのです。
かといって、堅い木材だとあんまり変形しないので、たくさん引き絞ることができないというジレンマ。
1種類の木材で弓を作るという条件の下では、気合で解決できるものではありませんでした。
そんな悩みを解決したのが、「弓を長くする」というアイデアでした。
下の図を、感覚でご覧ください。
※寸法とか超適当。すまんな。
部分部分のしなり具合は同じですが、長い弓の方が、結果として「押し出す距離が長い」のがお分かり頂けると思います。
同じ木材を使う限り、弓が変形する角度は同じです。しかし、長さを取ることにより、少しの変形をたくさん積み重ね、弦を十分に引き絞れるだけの「しなり」を稼いだというわけです。
紀元前8,000年の時点で、弓はすでに全長1.5mという、けっこうな長さになっています。
デンマークの泥炭から発見されたBC8,000年頃の弓(のレプリカ)。
この「長くする」シリーズの代表格が、イギリスで大活躍した「ロングボウ」。
長さが180cmという、人の背丈ほどもある長弓です。
「大活躍」の詳細は次回で。
いろいろ組み合わせてみる
ただ、残念なことに、長弓はデカイ。
馬に乗る時とか、マジ邪魔。
機動性はかなり犠牲になってしまいます。
そこで人類は、長弓と同等の性能を持った「短い弓」の開発に腐心することとなります。
前述の通り、1種類の木材では「強度」と「しなり」を両立できませんので、弓自体を長くせざるを得ませんでした。
それらを両立させるには、堅いもの、弾力のあるもの、いろいろな材料を組み合わせる必要があります。
これが、いわゆる「複合弓(コンポジットボウ)」と呼ばれる弓。威力の向上における、次なるブレイクスルーでした。
世界各地にいろいろ種類はあるみたいですが、代表的な複合弓である「トルコ弓」を例に、複合弓の素晴らしさを解説してみたいと思います。
その名の通り、オスマン帝国で使われ、周辺国を恐怖のどん底に陥れた複合弓です。
・構造
トルコ弓の基本的な構造は、木を土台として中心に据えて、外側に「動物の腱」、内側に「動物の角や骨」を貼り付け、膠で固めるというもの。
外側と内側の素材を変える事にどういう意味があるのか、ちょっと考えてみましょう。
弓を引き絞る時、弓の外側は「引っ張られ」、弓の内側は「圧縮」されるという現象が起きます。
こんな感じ
この引っ張られる側に「よく伸縮する」素材、圧縮される側に「堅く圧縮に強い」素材を採用しているのがミソ。
これは、弓の外側にゴム、弓の内側にバネを設置しているようなものです。
弓を引き絞るとゴムが伸び、バネが圧され、大量のエネルギーが蓄積される。
そして、弦から手を離した瞬間、ゴムがビュンと縮み、バネがグイッと伸びるため、同じ大きさの単弓と比べてはるかに強力な矢が放たれるのです。
・形状
さらに、トルコ弓の場合、形状もそれまでの弓と異なり、横から見ると「W」っぽい形をしているのが分かりますwww。
この形状は「リカーブ」というもので、弓を引き絞った時に反発力が起こる箇所を増やしており、ますます威力が上がっているのです。
こうした工夫により、人類は矢の威力を保ったまま弓を小型化することに、見事に成功しました。
トルコ弓の場合、400~600mもの飛距離を誇ったとのこと。強烈。
この複合弓は、中央アジアの遊牧民が使い始めたと言われており、少なくとも紀元前2,000年にはもう実用化されていたようです。
・弱点
ただ、そんな無敵の複合弓にも、実は致命的な弱点があります。
まず、製作にかかる手間と時間が大きいという点。
技術的にも熟練した職人の手作業に頼らざるを得ず、量産には向いていません。
また、異なる材料の接着に膠を使っているため、めちゃくちゃ水に弱い。雨が降ったらオシマイなのであります。
一方、単弓は比較的作るのは簡単で量産しやすいし、単一素材のため接着剤とか使ってないので雨が降ってもへっちゃら。
というわけで、単弓も複合弓も一長一短があるわけですね。
そのため、乾燥した地域の民族は複合弓を、湿度が高く雨の多い地域の民族は単弓を、それぞれ好んで採用してきたようです。
ちなみに、日本の侍が使っていた「和弓」というのは、長弓であり複合弓のハイブリッドだったりします。※平安時代中期以降。
竹を3層に重ね、それぞれの層の「焼き入れ具合」や「素材の厚み」を調節して、強い反発力を得ているのです。
和弓の断面。黒いのは焼き入れの焦げ。
機械化してみる
続いてが、「弩(読み:ど、おおゆみ、いしゆみ)」。西洋のものはクロスボウと呼びます。
いわゆるボウガンみたいなやつですね。
古代中国の弩
弓を台座に横向きにくっつけたものです。台座には弦を引っ掛ける金具(引き金)がついていて、銃のようなノリで発射できます。
この弩は、中国では紀元前5世紀の時点ですでに戦争で運用されており、発明されたのはそれよりさらに昔である事は間違いありません。
中国では、「黄帝」という伝説上の皇帝が紀元前2500年くらいに発明したとか、「蚩尤(しゆう)」という兵器の神様が発明したと言い伝えられています。もはや真相は分かりません。
ただ、戦国時代(漫画『キングダム』の時代ね)には、すでにガンガン運用されていたことはわかっています。
兵馬俑からも、非常に保存状態の良い弩が見つかっています。
このころの中国人の優秀さは異常。
また、同じ頃、古代ギリシャにも同じようなのは登場しています。シンクロニシティですかね。
さて、この弩ですが、いわゆる普通の弓と比べて、大きく3つの利点があります。
普通の弓の場合、弦を弾き絞りながら狙いをつけます。弦を引き絞るのはかなりの力がいるので、そうとう練習しないと難しいものです。
しかし、弩であれば、弦を弾き絞った状態で金具に固定されるので、力まず自然体での狙撃が可能となります。
弓の威力というのは、基本的には「弦を引き絞る度合い」で決まります。したがって、同じ弓でも使い手の腕力によって、威力が変わってしまいます。
弩の場合は、弦を金具に引っ掛けるという機構のため、引き絞り度合いは常に一定なのであります。
こうした点から 、弩兵の育成は、弓兵に比べてはるかに簡単でした。
①、②から、弩という兵器の本質は、「弦を引き絞る動作」と「狙いを定めて発射する動作」を分離したという点であることがわかりますね。
そうすると、「弦を引き絞る動作」は、何も律儀に腕力だけで行う必要はありません。全身で、全力で、弦を引くことができます。
世界中にいろんなパターンがありますが、代表的なものをいくつか。
古代ギリシャの最初期のクロスボウ。腹で体重をかけて弦を引く機構。
クロスボウの先端に足を引っ掛ける金具が付いているタイプ。弦をベルトに引っ掛け、両足の筋力で弦を引く。
テコの原理を利用したレバー式。
こうして、高い張力を得た弩の前には、敵の甲冑なぞ紙切れ同然だったと言われています。
ただ、例に漏れず、この弩にも致命的な弱点があります。
それは、速射性が低いということ。
目安として、弩の場合は1分にせいぜい2~3発。通常の弓は、熟練兵なら1分に8~10発。3倍以上の差があります。
リロード中のクロスボウ兵は子猫のように無力なので、少人数での運用は自殺行為に近く、大規模な弩兵隊を組織して交代交代でリロードするというのが基本でした。
また、製造もなかなか大変で高価な武器ですので、相応の工業力との資金力がないと数を揃えられません。
というわけで、「弓」という兵器の概要はざっくり以上になります。
ここで挙げたそれぞれの弓は、どれが一番と決められるものではありません。
・一発の威力
強 弩 >> 複合弓 ≧ 長弓 弱
・連射性能
速 複合弓 ≧ 長弓 >>> 弩 遅
・使いやすさ
楽 弩 >>> 長弓 ≧ 複合弓 難
・環境への適応
高 長弓 > 弩 >>> 複合弓 低
・生産のしやすさ
楽 長弓 >>> 複合弓 ≧ 弩 難
どの種類の弓にも一長一短があることがお分かりいただけたかと思います。
むしろ驚くべきは、長弓~弩まで、すべて紀元前にすでに開発されているという事実。その後も継続的に改良は続けられたものの、基本的な原型は変わっていません。
こうした内容を踏まえて、次回はもうちょっと具体的な話に入っていきます。
よろしくお願いします。