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マスケット銃兵がレミングスになるまで

命中率がクソ

これが、マスケット銃の最大の欠点でした。

マスケット銃は銃身の中がツルツル、前込め式のため口径がガバガバですので、命中率の劇的な改善は原理的にもう無理。諦めます。

こうして、マスケット銃は「ピンポイントで狙撃する兵器」ではなく、一斉射撃により弾幕を張って「面」で攻撃する兵器として活躍していくこととなります。

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火種持ち歩くのダルい

初期のマスケット銃は火縄銃であるからして、いくつもの問題がありました。

こうした課題を克服するため、火縄から脱却する方法が模索されました。

その答えが、「火打石」を利用した着火装置でした。

ホイールロック式〜wheellock〜

最初に考案されたのは、ホイールロック式というもの。

銃の内部にホイールを仕込み、これをカラクリで回転させながら、引き金と連動する火打石を打ち付け、火花で火薬に着火する仕組みです。

100円ライターのように火をつけるイメージ

この機構が考案された時期は、1510年くらい。レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチの中にもその原型が描かれております。

ダ・ヴィンチの「ホイールロック」。どういう仕組みなのかよく分かりませんね!

ただ、ホイールロック式は機構が複雑なため、「高価」「不発が多い」「すぐ壊れる」というイマイチな代物でしたので、あんま普及しませんでした。

フリントロック式〜flintlock〜

これに変わって広まったのが、16世紀の終わりに発明された、フリントロック式という着火システム。

引き金と連動する火打ち石を、L型の当たり金に擦らせて、火花を起こすシステムです。

こちらはマッチのように火をつけるイメージが近いでしょうか。

このフリントロック式は、シンプルな機構で壊れにくく、銃兵を火種を持ち歩くという煩わしさから解放しました。

さらに、引き金を引いたその瞬間まで火花が発生しませんので、隣に引火する危険も少なく、より密集した隊形を取ることができました。

これはすなわち単位面積あたりの銃弾の濃度が増すことになるわけで、これでブライトさんに「弾幕薄いよ!何やってんの!?」などと怒られる心配もありません。

ただ、フリントロック式にも欠点はありました。

まず、火打石を打ち付ける反動がけっこう大きく狙いがブレる。
ただこれは、そもそも命中率なんか気にしてないのでセーフ。

それより問題だったのは、火薬への着火を「火」ではなく「火花」に頼ったこと。
火縄銃と比べると、どうしても不発が多い傾向にありました。

それと、強い雨が降れば、結局火花が出ないので、雨に弱いという欠点は克服できません。

こうしたことから、フリントロックが発明されても火縄銃は完全に廃れることはなく、18世紀初頭までは生き残ったようです。

最古の銃器メーカー

このように、16世紀というのは銃が大幅に進歩していった時代なのですが、最古の銃器メーカーであるベレッタ社が銃を造り始めたのもこの頃です。

正確には1526年。

ヴェネツィア共和国が、鍛冶職人であるバルトロメオ・ベレッタにマスケット銃を発注した記録が残っています。

マスケット銃185丁を295ドゥカート(4500万円くらい?)で売却した証文。
マスケット銃1丁=24万円くらいか。

ベレッタ社は、今でもイタリア最大の銃器メーカーとして、元気に営業中。

同社の最高傑作とも言える、通称「ベレッタM92」は、アメリカ軍をはじめ、世界各国の軍隊・警察で採用されています。

ベレッタM9

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ピストルできた!

フリントロック式の発明は、ピストル(拳銃)も進化させます。

もちろん、これまでも小型の火縄銃はありました。

が、懐に忍ばせておくような使い方は火縄銃では不可能。火傷しちゃう。かといって、火縄をつけておかないと、いざ撃ちたい時に撃てません。

というわけで、マッチロック式ピストルというのはなかなか微妙なもので、メリットといえば、マスケット銃より軽いくらいのものでした。

しかし、フリントロック式が発明されたことにより、小型銃の携帯性は格段にアップしました。

1597年のフリントロック式ピストル。しかもリボルバー!

ちなみに、「ワンピース」の世界で使われている銃も、基本的にはこのフリントロック式。

「フリントロック式44口径6連発リボルバー」

ちゃんと火打石も描いてあります。

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ピストルがもたらしたもの

フリントロック式の発明により、ピストルの実用性が上がると、騎兵が騎乗したまま射撃できるようになりました。

すなわち、ピストル騎兵という新たなユニットの登場であります。

騎兵ピンチ

古来より、最強の兵科として君臨した「騎兵」。

人馬一体の高質量の塊として、敵に突っ込んでいく騎兵。

その圧倒的な威圧力衝撃力に対し、歩兵は太刀打ちする事はできませんでした。

しかし、歩兵たちはこれに対抗すべく、ついに「テルシオ」という陣形の考案へと至ります。

歩兵たちは数mもの長さの長槍を構えて迎え撃つことで突進を止め、さらにマスケット銃で蜂の巣にするという戦法を編み出したのです。

テルシオ

馬は恐るべき機動力を持っていますが、実は先端恐怖症でもあります。

かなり訓練された軍馬であっても、槍を構えたところに突っ込んでいくのを怖がってしまいます。

そんなテンションでテルシオに対して突撃するというのは、もはや単なる自殺行為でしかなく、騎兵というユニット自体が存亡の危機を迎えていました。

ピストル騎兵の登場は、騎兵不利のこの厳しい状況をひっくり返す可能性を秘めていました。(ひっくり返したとは言ってない。)

パルティアン・ショットの再来か?

新たに考案された戦術の名は、「カラコール」。

カラコールという戦術の要諦は、騎兵が全速力で敵に迫ってピストルで急襲し、それから急反転して撤退することで、敵を恐怖と混乱のどん底に落とそうというもの。

まさに、かつてヨーロッパを恐怖に陥れた「パルティアン・ショット」を彷彿とさせる戦術でありました。

馬の機動力と最新鋭の火器。

この組み合わせにより、一方的に敵を蹂躙できるのでは、と大いに期待されました。

しかし、いざ実戦では…。

せっかくの騎兵の持ち味である威嚇力、衝撃力が完全に失われる上、そもそも、ピストルの射程と威力と命中精度はマスケット銃に遥かに劣っているという現実。

さらに、敵の目の前でクルッとか反転してる騎兵たちは、マスケット銃の格好の的なわけで、ほとんど何の戦果もなく終わってしまいました。

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戦う銃兵

一般的に、漫画やアニメやゲームでは、飛び道具キャラというのは肉弾戦に弱いものです。

16世紀までの銃兵もこのイメージに違わず、射撃の合間を縫って敵に突っ込まれるとなすすべなくやられてしまう、非常に脆いユニットでした。

そのため、常に銃兵は長槍兵とセットで配置して、守ってあげなくてはなりません。例のテルシオも、基本的にはそういう発想です。

しかし、そんな弱っちい銃兵は、17世紀のある偉大な発明により、近接戦闘可能な長距離攻撃ユニットへと進化します。

銃剣

その発明とは、「バヨネット」。

銃剣であります。

銃剣を発明したのは、フランスはバイヨンヌ地方の名もなき農民。17世紀にこの地域で農民同士の争いが起こり、その時一人の農民が銃の先っぽに狩猟用のナイフを突っ込んで戦ったことに由来します。

先っぽにナイフを着けただけとか、一見たいした発明じゃないようにも思えますが、侮ってはいけません。

銃剣を取り付けたマスケット銃は、立派な「」なのであり、長槍兵なしでも銃兵単独で騎兵の突撃を抑えることができました。

そうなると、歩兵を全て銃兵で構成することが可能となり、一斉射撃の弾幕密度はますます向上していきました。

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戦列歩兵の登場

そうした状況の中で生まれたのが、絶対やりたくない兵科No.1とも言われる戦列歩兵というユニットです。

自殺志願者かな?

この戦列歩兵に与えられたルールは至極シンプル。

2〜3列横隊でピシッと並び、音楽(ユーキャンのあの音楽が有名)に合わせて行進。

敵との距離50mくらいのところでストップ。

司令官の号令に合わせて、マスケット銃を構える。

1列ごとに一斉射撃

再装填→一斉射撃→再装填→…

この一連の流れを、傍から騎兵や大砲が援護しました。

分かりやすい動画はこちら。

映画「パトリオット」より

敵も普通にマスケット銃を装備してますので、近づいている最中は撃たれっぱなしであります。

それでもこの戦法が成り立ったのは、しつこいようですが、マスケット銃の命中率がクソだからでした。

とはいえ、敵が一斉射撃すれば、さすがに自分を含めた味方の誰かには当たるわけで、その恐怖はハンパじゃありません。

マスケット銃で撃たれると、鉛弾が変形してズタズタの傷を残します。矢傷と違い、これが非常に治療しにくい。

運良く生き残っても、後に鉛中毒で命を落とすケースも多々ありました。

しかし、そんな恐ろしい状況にあっても、戦列歩兵に求められるのは、兎にも角にも指揮官の号令に従い、勝手な行動を取らないという事。

隊列の乱れは自軍の士気を下げる事に繋がりますので、仲間が斃れても、それを踏んづけて行進を続ける。敵に撃たれてもしゃがんだり避けたりしない。鉄の心で指揮官の命令に従うのみ。

ビビって戦列を乱した兵士は、後ろから容赦なく切り捨てられました。

いや、これキツい

ただ、一般的には味方と一緒に密集していた方が兵士の恐怖心は柔らぐようで、そう言った意味でも隊列を組むのは有効な戦術ではありました。

また、当時の兵士は、犯罪者や金で雇われた傭兵が多く、ヤバくなったらすぐ逃げてしまいます。そんな彼らを逃さないために、戦列をガッチリ組むという側面もありました。

我慢比べ

なお、戦列歩兵同士が対峙するとどうなるかと言いますと、チキンレースになります。

お互いが射程距離(敵の白目が見えるくらい)で向かい合ったら、あとは粛々と指揮官の号令に合わせてマスケット銃を一斉射撃するのみ。

兵数が同じくらいなら、どちらかが一方的に壊滅することはあり得ません。

大事なのは、折れない心

先に心が折れた方の陣形は一気に崩れますので、そこに銃剣で突撃して蹴散らすというのが基本的な流れでした。

本来、相手の間合いの外から一方的に攻撃を加えるのが、飛び道具の持ち味。

しかし不思議なことに、マスケット銃の普及により、こうした真正面からの殴り合い的運用がスタンダードとなっていったのであります。

弓の時代の終わり

戦列歩兵が広まる頃には、弓は戦場から姿を消しています。

クロスボウは16世紀のうちに、ロングボウも17世紀初頭には、マスケット銃に取って代わられました。

命中率とか連射性能とかの「飛び道具としての性能」それ自体は、依然として弓の方が上だったと言われています。

マスケット銃の利点は、

といったところ。

時の為政者たちは、これらを総合的に判断した結果、マスケット銃を選択しました。

そして、マスケット銃の運用方法が進歩するにつれ、もはや戦場に弓兵が入り込む余地はなくなってしまったのです。

なんだか少し寂しい気もしますが、これが時代の流れなのであります。

マスケット銃の時代も、次回、あっという間に終わりを告げますのでよろしくお願いします。

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