物々交換とかいう無理ゲーwww

ビットコインが再び高騰しているようで、未だ心の傷は癒えません。

さて、前回は広く一般に受け入れられている「お金」の起源や歴史について、簡単に眺めてみました。

しかし、その定説は本当に正しいのか。

今回からは、その辺についてちょっぴり考えてみたいと思います。

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お金の起源?

お金のない世界

現代の世の中から「お金」だけがスッポリとなくなったら、我々の生活はいったいどのようになるでしょうか。

物々交換するしかありませんね。

しかし、物々交換で生きていこうとすると、想像するだけで気が滅入る手順が必要になります。

朝ごはんを食べようとすれば、パン屋と牛乳屋に行って、物々交換をすることになるわけですが、自分が必要な分のパンや牛乳とぴったり釣り合う価値の何かを持っていかなくてはなりません。

さらに、仮に自分が鉛筆を持っていたとしても、パン屋や牛乳屋がそれを欲しがっているとは限りません。

パン屋に「鉛筆じゃなくてタバコが欲しい」などと言われたら、先に鉛筆とタバコを交換してくれる人物を見つけなくてはなりません。

これが毎日毎日続くようでは、わらしべ長者だって挫けてしまいます。

不都合な事実

このメンドくささを流れにすると、こうです。

自分の欲しいものを物々交換で手に入れる日々。
 ↓
都合よく欲しいモノと自分の持っているモノを交換してくれる相手を探すのは、超大変。
 ↓
「大麦だけは、交換相手がすぐ見つかるなあ」
※地域によって、貝殻とか牛とか色々
 ↓
「せや!自分の商品もいったん大麦に替えておけばええんや!」
 ↓
物 品 貨 幣 誕 生

この定説は、とっても理解しやすいストーリーです。

現代の我々にとって、お金の主な役割は「モノを買える」という事。それはすなわち、「モノと交換できる」という事。

であるからして、その起源が物々交換にあると考えるのはごくごく自然な事ですね。

しかし、この説が正しいかどうかを判断するにあたり、ある不都合な事実があります。

それは、純粋に物々交換だけで成立していた社会は見つかっていないということ。

ところが、古今東西の歴史学者や人類学者が血眼になって探しているにも関わらず、そうした社会の痕跡は、一切見つかっていないのです。

冒頭に挙げた、「我々の生活からお金だけが無くなったら…?」というシチュエーションは、あくまで思考実験でしかありません。

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物々交換はシビア

詐欺師ウソップ

麦わらの一味が、空島を訪れた時のことを思い出してください。

ウソップが、空島の人々の無知につけこみ、たかが輪ゴムを素晴らしい品と偽り、いくつもの貴重な貝と交換していました。

ウソップ物々交換

漫画なのでここではギャグっぽく表現されていますが、実際のところ、物々交換には常にこういった危険性が潜んでいます。

つまり、騙されるというリスクです。

ニューヨークの場合

というか、他人同士の物々交換では、価値のないモノを押し付けて価値あるモノを手に入れるのは、当たり前の行為です。

その最大の成功例(失敗例)は、オランダ商人とインディアンの取引でしょう。

1626年、オランダ西インド会社とインディアンは次のような取引を行いました。

オランダ人:布や靴下や洋服(25ドル相当)

インディアン:マンハッタン島

マンハッタン島を買うオランダ商人

騙されすぎててワロタw

彼らは、たったの25ドルで北米東海岸の要所を手に入れたのであります。

※一説には25ドル相当ではなく1000ドル相当とも言われていますが、どっちでもいいです。

バーターの語源

こうした騙しの事例は、程度の差はあれ、歴史のあちこちで起こってきたのは疑いの余地がありません。

その証拠は、物々交換を意味する ”barter(バーター)”という英単語。

その語源は、古期フランス語の”barater”から来ています。その意味はなんと「騙す・裏切る・巻き上げる」なのです。

英語に限らず、いくつもの言語で、「交換・取引」を意味する単語は、こうした悪い意味の語源を持っています。

つまり、物々交換において「騙し」が付き物であることを、昔の人々はよ〜く分かっていたのであります。

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物々交換の現実

とはいえ、物々交換が歴史上存在しなかったかというと、そんなことはもちろんありません。

物々交換は、自分たちの余剰材を自分たちが持っていない財物に換える有効な手段の一つではありました。

怒号飛び交う物々交換

20世紀頃の世界には、まだまだお金という概念が無く、原始的な生活を送る部族がいくつも存在していました。

例えば、ブラジルのナンビクワラ族という部族は、身内では決して物々交換はしませんが、稀に別の集団と物々交換を行います。

ナンビクワラ族

その交渉では怒号が飛び交い、お互いが納得するまで口論が続きます。片方が騙されたと感じると、最悪の場合、殺人や部族同士の抗争に発展します。

騙されるかもしれないという危険性が、こうした暴力を生むのです。

何とか交渉が全て済むと、祝宴が行われてお開きとなります。

似たような事例は、いくつもの部族社会で見られます。

いずれにも共通するのは、赤の他人としか物々交換をしないという点。

そして、祝宴や、時には乱行パーティーをも伴う、非日常的な一大イベントであるという点。

決して、身内や仲間と行なえるような、軽い感じの取引ではありません。

沈黙交易

異国人と貿易を行う際に取られる手法の一つに、沈黙交易というものがあります。

これは、古くはヘロドトスの『歴史』にも登場する、由緒正しい交易方法です。

沈黙交易は、その名の通り、交易をする際に言葉を交わしません。

手順としては、

まずAが交易品を決められた場所に置く。
 ↓
Aは遠くに離れ、太鼓を叩いて合図する。
 ↓
Bは置かれた品物をチェックして、それと同価値の自分の交易品を置く。
 ↓
Bも遠くに離れる。

再びAがやって来てBの品物をチェックし、満足すればそれを持って去る。

Aが去った後、BがAの品物を持って帰る。

この一連のやりとりの最中、双方は言葉だけではなく一切の物理的接触を慎重に避けます。遠くからそっと見守るだけであります。

星明子

イメージ図

この沈黙交易は、西洋世界だけで見られたものではなく、中東・アフリカ・南米・アジア・日本等々、およそ世界中で普遍的に見られます。

どの地域であっても、物々交換はリスクを孕んでおり、そしてそのことを先人たちはよく理解していたため、こうした回りくどい方法が取られたのではないでしょうか。

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物々交換の起源

というわけで、村人同士が日常的に「やあボブ。あんたの斧と俺のニワトリ5羽を交換しようぜ。」などと言っているような社会は、歴史上のどこにも存在しなかったっぽい。

そうだとするならば、お金の起源は物々交換ではないということになります。

それでは、次回更新時にまた来てください。本当の起源をお見せしますよ。

参考文献
負債論 貨幣と暴力の5000年
21世紀の貨幣論
貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで (早川書房)

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カテゴリー : 歴史 社会 経済

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コメント (72件)

  1. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 19:23:24

    や、山岡さん・・・!

  2. 名前:ynaito 投稿日:2017/08/15(火) 19:24:23

    いつも論理的かつ独自の(そうでもないのかな)見解を楽しみにしております。

  3. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 19:27:07

    オチが山岡

  4. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 20:47:55

    何時更新ですか

  5. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 20:55:48

    >それは、純粋に物々交換だけで成立していた社会は見つかっていないということ。
    「楮貨」を作ったものの普及できずに廃れていった李氏朝鮮中期以降なんかは該当しないのかな?

  6. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 21:08:10

    江戸幕府「金と銀を物々交換していたぞ。」

  7. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/15(火) 23:29:51

    ハンムラビ法典「銀貨を利子とする」

  8. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 02:50:56

    「おまえのそれいいな、俺のこれと交換しないか?」
    「それとなら、これくらいしかやれないな」
    「これはもっと価値があるぞ」
    「まー、頑張ってこれくらいだな」
    「んー、しかたないか…」

    中東やアフリカの市場でのやり取りと対してかわらないと思う
    欲しいものが欲しい量だけ出品される訳ないので、必要なものがあったときに妥協してでも手に入れるしかない
    コンビニに朝食の買い出しするときだって、安くて良いモノを見定めて買うだろ?
    「今日はなんとしてでもカレーが食いたい」
    なんてワガママができるのは稀

  9. 名前:かれっじ名無しさん 投稿日:2017/08/16(水) 03:49:26

    マンハッタン島のとこで、オランダがインディアンを一方的に騙したかのように書いてるが、オランダと取引したインディアンは実はマンハッタン島を所有していない部族で、オランダはその後、本当の所有部族と血みどろの抗争を長年つづけることとなる。
    まさに物々交換はbaraterと言える出来事。

  10. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 11:28:52

    次回更新では、お金の起源は民主主義って話にするのかな?

  11. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 13:26:02

    戦国時代末期(信長上洛後)に(京周辺では)通貨が「銭」から「米」になったらしい。それにより、所領の大きさの単位も「貫(銭)」から「石(米)」に変化したんだとか。

  12. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 13:51:07

    >物々交換はリスクを孕んでおり、そしてそのことを先人たちはよく理解していたため、こうした回りくどい方法が取られたのではないでしょうか

    リスクが発現した結果の工夫として回りくどい方法になったのでは?
    つまりその工夫がとられる前には「歴史上のどこにも存在しなかったっぽい「村人同士が日常的に「やあボブ。あんたの斧と俺のニワトリ5羽を交換しようぜ。」などと言っているような社会」」だったんじゃ?

  13. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 16:32:25

    カール・ポランニーとか出てくるのかな~
    共同体内部での「いちば」での取引と
    共同体外部での「バーター取引(外交交渉)」は
    取引という名は同じでも実態は異なるものだと言う彼の指摘は目から鱗だった

  14. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 19:43:22

    定説とされていることが実際には観察されていない、というのは
    文化人類学にはよくあることのようで
    実は「食人」(飢饉や戦乱でなく平時の文化としての)、
    文化人類学者またはそれと同等程度に観察眼と教養がある人間による直接観察の記録はなかったりする模様
    あるのは旅人のホラ話や「爺さんの代までやってたが今はやってない」というような証言、
    あるいは「あの部族は嘘つきで泥棒でケチで人食いだ」みたいな典型的部族間悪口を鵜呑みにした記録などに過ぎないとのこと

  15. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 21:25:33

    全員狩猟採集してた時代は物々交換だったじゃないんかねー
    自分の縄張りと相手の縄張りで穫れる物が違えば成立してるだろうし、他の縄張りから穫れる物はたまの贅沢品だったろうし
    記録も痕跡も残りにくいだろうし

    農耕が発達し他の縄張りから穫れる物の中に生活必需品が現れてからがバーターの始まりだと思うよ

  16. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 21:49:28

    ※5
    「楮貨」が廃れた後、織物が通貨として使われたから
    「物々交換だけ」とはならないんじゃないか>李朝

  17. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/16(水) 22:14:24

    まっとるで

  18. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 06:02:37

    クラ貿易なんかも単純な物々交換じゃないよね
    貨幣価値があるわけでもない
    所有に名誉が伴うのみ

  19. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 12:12:13

    物の交換が最初から利益主体の交易だったと言うのは多分無理だと思う
    なぜなら交換に必要な信頼関係の構築に失敗する可能性があるから
    最近あった擬似株式にまつわる騒動は
    (交換の主体及び交換にまつわるシステム全体への)信頼と言う土台が無い状況において
    望ましい交換関係が成立困難であることを示している
    それよりも名誉や親愛を目的とした贈与が信頼関係を生み
    それが土台となって利益主体の交易に発展していったと考える方が無理がない
    もしかすると貨幣はそうした信頼関係成立を省略するための切り札として
    人類が生み出した交換媒体なのだろうか?

  20. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 12:16:03

    ※16
    織物が通貨替わりとして使われたとは、はじめて聞くんだけど、一部じゃなくて全国的にって意味ですか?

  21. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 16:14:03

    お金の起源は物々交換ではない……そうかなあ……? それまでの文章と繋がっているような、繋がっていないような……?
    でも続きが気になる。
    悔しい。

  22. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 16:38:43

    思いの外、今の田舎でもちょくちょくあるご近所さんの家に自分の家で取れたり貰ったりした野菜やらなんやらをお裾分けして“貸し”を作っといてから後からご近所さんからお裾分けを貰ったりするのに近い感じで結構ゆるゆるだったりしてw
    小さい集落で全員顔見知りならある程度融通は効くだろうし
    あまりにも返ってきた品がしょぼいなら村八分にされかねんから限度とかもあるだろうし
    (あくまで推測なのでマジレスされると泣きます)

  23. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 19:28:35

    例えば縄文時代とか、黒曜石や翡翠が結構な距離を運ばれているんだけど、そういうのを運んだ人たちの食料は基本的に現地調達だと思うんだよね。
    黒曜石や翡翠を運びながら、行く先々であった人たちに食料を分けてもらう。そのときに運んでいた黒曜石なり翡翠なりを対価として渡してるんじゃないかな?
    そういうのがもともとのというか、本来の物々交換のような気がする。

  24. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/17(木) 22:01:28

    案外、労働だったりして。これ欲しい→働けみたいな

  25. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/18(金) 06:20:25

    おもしろーい。

  26. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/18(金) 16:09:05

    おいしんぼワロタ。
    次も待ってるぞ。

  27. 名前:ななしー 投稿日:2017/08/18(金) 19:10:25

    常に欲しいものリストを更新および公開しておくってのは
    物々交換では有効な手段だよな

  28. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/21(月) 22:16:59

    >※一説には25ドル相当ではなく1000ドル相当とも言われていますが、どっちでもいいです
    その1000ドルが現代の米ドルで何ドルなのか考えないと意味ないし、先進国と途上国の物価の差に輸送コスト(沈没や海賊などのリスクもコストに換算して含むこと)なんかも考慮すりゃ、言われるほどひどい取引ではない。
    同一国家で同一日時の相場価格で大都市で坪1億円以上で田舎じゃ坪1万円未満なんて珍しくもない。
    ましてや途上国の土地なんてそれよか数桁下がる。

  29. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/22(火) 21:04:49

    ※28
    この場合問題なのは、国家が自分たちの国土を他国に格安で売り渡したと言う事実。どんな僻地であれ主権国家はやすやすと国土を売り渡すべきではないし、その決定は極めて慎重に行われるべきなのに、このケースでは近代国家の概念を持たない未開部族を「騙して」まんまと土地を収奪したという点で、その後の段における物々交換のリスクを理解させる例証。こういう一方的なルールや法概念の押し付けによる不当かつ詐欺的な収奪はその後のアメリカ先住民に対する白人入植者の基本スタンスと言っていいし、このケースはその先例のひとつ

    なので今回必要なのは※9のような指摘であって、普通の不動産購入とか商取引と同列に考えるのは違くね。9のオチも含めて、なるほど物々交換ってのはお互いリスキーだわって話になるんだから

  30. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/22(火) 23:13:06

    ここのコラム読みやすいし面白い

  31. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/23(水) 13:09:27

    栗本慎一郎「経済人類学」「幻想としての経済」
    マルセル・モース「贈与論」、
    フィリップ・ジェイムズ・ハミルトン グリァスン「沈黙交易―異文化接触の原初的メカニズム序説」
    カール・ポランニー「経済の文明史」「経済と文明」が参考になると思う。
     ちなみに物々交換はカール・マルクスが言い出したことで、調査で実証されていないのに
    マルクス経済学が広まる中、一般化したに過ぎない。だから根拠が無い。
     寧ろ、贈与から、送り物の互酬(相互の贈与)こそ、経済の起源とした方が人類学的にすっきりする
    し、貨幣の経済は「経済」的なものとまるで関係なく、宗教的なものであり、魔性の「払い」からと
    する考えはもっと見直すべきとおもいます。

  32. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/26(土) 08:32:12

    マンハッタン島は原住民に酒を飲ませて酔っぱらったところで契約書にサインをさせて手に入れた
    マンハッタンは現地の言葉で「酔っ払い」

  33. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/26(土) 09:08:19

    なんかジョジョのサンドマン思い出した。
    レースの賞金よりも、取引のほうが手っ取り早い・・・

  34. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/26(土) 13:03:37

    中東の商人は客の瞳孔を見て興味持ってるか判断するからな
    ベタだがサングラス付けた方がいい

  35. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/26(土) 19:40:56

    価値があればいい、価値があると思わせればいい訳で、その辺の紙片を対価にモノをくれる奴はいないだろうが、有力者や国家権力が認めた紙片なら交換する価値が生まれる

    その有力者や国家の信用がなくなった…と思われるようになった…ら、ただの紙片に戻る訳だ
    金貨や銀貨、製造に特殊な技術を要する金属や紙であれば信用されやすいし、多色刷りで模様が細かくてもコピー機で作れる紙片に価値は生まれない

  36. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/28(月) 08:14:13

    人民元 → 紙屑になる前にBitコイン → 電子屑になる前に次の貨幣。
    自転車の国

  37. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/28(月) 12:00:30

    違う部族間しか物々交換しなかったのか…同じ部族の間ではどうしてたんだろう
    Aさんが①という物が欲しいけど手元には②しかない
    Bさんは①を持ってるけど②は別にいらない、他に①を余分に持ってる人もいない
    そういう時はスッパリ諦めるか、泣き落として情に訴えるとかしたのかな?
    無理矢理奪い取ると問題になるし

  38. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/08/28(月) 12:47:32

    最近、ご近所同士でモノの相互贈与ってしてないから、現代っ子には
    ピンとこないと思うけど、つまりこういうことです。
    世間が狭いまだ近代では、ある部落とか郷とか、連座とか衆が一つの
    生命の様なシステムと考えることです。

    社会の中に経済が埋め込まれていたってことです(カール・ポランニー)。

    この辺は民俗学とか、宮本常一さんとかの膨大な調査でかなりわかっ
    ているけど、そこには慣習や習俗が「法」であって同時に経済も成り
    たっていたんですね。社会が場や定期市、お祭りの時に催すというイベ
    ントなどで「財」を「再分配」していたんですよ。あとは、行商人等が
    珍しいものを持ってくるときにはほとんど「米」で購入出来た。
    戦前、戦後直後くらいまで、日本でも「米」があれば何でも買えたし、
    貨幣としての「価値」を持ち得たわけです。

    共通財(以前の日本では「米」「金」「銀」など)は社会と社会の関係
    でそれを「貨幣的価値」に決まるのは、相対的な無意識的な同意がある
    からなんですが、それこそ民族によっては「貨幣的価値」に違いが生じ
    る。日本でも西日本では「銀」の価値が「金」より高かったってことも
    あるので、一元化した市場経済の感覚では恐らく読み解くのがかなり難
    しいとは思うけれど「価値」も「相対的なリアリティ」の中で決まって
    くるわけです。

    今市場経済になっていて、経済>社会になっているからそういう経済が
    社会の中に含まれていたということが考えにくくなっている。
    スマホや携帯電話が当たり前に使っている現代の子が、それ以前の通信
    手段が分からないのと同様に、古代においては発掘調査だけではまだま
    だ不明瞭なことが多い為に、文化人類学的、経済人類学的な視点で読み
    解くべき結構深い疑問であると思います。

  39. 名前:名無し草 投稿日:2017/08/29(火) 22:44:55

    ※11
    >戦国時代末期(信長上洛後)に(京周辺では)通貨が「銭」から「米」になったらしい。
    >それにより、所領の大きさの単位も「貫(銭)」から「石(米)」に変化したんだとか。

    貫高制から石高制への遷移の事を言っているんだろうが、信長とか殆ど関係ない。

    そもそも、貫高制自体、その成立は
    【銭の流通】
    「鎌倉時代、貴族や大寺社の荘園もあるが、彼らの所まで現物を納めるのは困難→銭納を基本とする」
    「既にネットワークかされていた問丸(海上運送業者)や馬借・車借(陸上運送業者)による運送だけでなく
     彼らにお金を預けると、遠隔地でそれを引き出したり、代納する、為替[かわし]制度も成立していた」
    【土地の価値の不平等】
    「一所懸命の鎌倉時代は土地そのものが価値の根源で、恩賞の単位」
    「しかし、同じ面積の土地でも地味や消費地への距離などで価値が全然違い、不便かつ不公平」

    この二つの背景から、ある土地から取れる米の量を、金銭に置き換え、土地の価値の単位とする貫高制が成立というもの

    これが、戦国時代に入ると、
    ・戦乱によって、当時輸入品(明銭)に頼っていた銭の絶対量が低下、特に東国には行き届かなくなる
    ・そこで戦国大名や大商人が勝手に貨幣をつくる(私鋳銭)が、その影響下でしかまともに使えず、
     しかも質が悪いもの(鐚銭)が多く混じっていた。これにより、銭売買によるトラブル多発。
     大名は私鋳銭や鐚銭と、明銭との交換比率を定める(選銭令)が、大名によって比率がまちまちでさらに混乱
    ・そんな背景から、『米の量を金銭に置き換える』という部分が省略され、一年に人が食べる量の米=一石を
     基本単位とした石高制が普及し始め、秀吉による太閤検地を契機として全国で正式に使用される
     (信長も検地しているが、自己申告制の『差出検地』で単位や記述も地方によってバラバラで旧時代の域を超えない)

  40. 名前:  投稿日:2017/09/01(金) 10:25:42

    確か、お金の起源は恩だっけ?

    恩義を感じたから、同程度の恩を返す・・・人間、恩義を受けたら返したくなるのもやし。
    その証として貝とかきれいな石とか渡して、恩義を返したら、その証を返すってなことをやってたわけ。

    で、その証を別の人に渡して、自分が受けた恩をその別の人のために『恩を尽くしてほしい』と頼んでいくうちに、その証とした物品がお金になった、っていう説やな。

    これも証拠もないと思うけど、物々交換より筋は通るかな。

  41. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/02(土) 16:15:05

    マルセル・モース「贈与論」に書いてあったことを要約するとこうなる。

    贈与を受けると「負い目」を感じる。これを経済学用語で「負債」
    と呼ぶ。
    相手に贈与すると、相手より優位に立つ、つまり権威が上がる。
    結局は与えることで相手よりより多くの返礼がなされる。
    そのままお返しを受け取ったままでは、自らの権威が落ちたまま
    になる。つまり、与える方が権威が付くという心理学的な要因こそ、
    相互贈与の起源です。

    従って、返礼されたもの以上に多くの贈与がなされる。これが極端だと
    ポトラッチになるが、ある儀礼化されて一定のバランスが保たれると、
    相互贈与になる。これが市や場のイベントが慣習になると、市や場が
    立つことになり、そこである「約束事」が暗黙的に決まってくる。

    当然、貨幣的な金銭的な取り決め事も調整されてくる。博打の賭場でも
    そういう取り決め事があるのと同様に、何に「価値」を置くかは、それ
    こそ絶対的に普遍性があるとは限らない。しかし、時限式な貨幣、つま
    り腐敗するものや、壊れやすいものは避けられる傾向にはあったことは
    想像に難くない。だから「金属」が使用されやすかったし、金属の精製
    技術が無かった場合は、骨とかが使用されやすかった。

    日本でも明治時代に、紙幣の普及にとても時間がかかったのも、金属へ
    のこだわりが捨てきれなかったからということと、木造の家の多かった
    日本では、火事などで燃えれば無くなる「紙幣」が無意識的に避けられ
    たのは道理だと思われる。銀行というシステムがあるからこそ「紙幣」
    が成り立つということをもう少し気づくべきではなかろうか?

    カール・ポランニーの再分配のシステムについて

    あと、税が権力者の元に集約されて、ある祝祭やイベント時に民衆に、
    大規模な「返礼」がなされる。これを「再分配」という。

  42. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/02(土) 16:30:49

    日本語的には「負い目」というよりは「恩義」としてもいい
    かもしれない。「借りがある」なら「借りを返すぜ」となる
    わけで「貸しにしとくぜ」と言われたら「いずれ借りを返す」
    様に追い詰められる。

    社会心理学的に言えば、集団単位でこれを行動すれば「貿易」
    になり、お互いに言語が通じても「沈黙交易」していたという
    資料報告もあります。厳正に言語を介して記録されれば、それ
    が現代で言う「交易」になった。フェニキア人による「交易」
    によって、地中海ではフェニキア人が記録した「フェニキア
    文字」がヨーロッパの多くの言語の起源になったともいわれて
    いる。この辺りはヨーロッパ側の資料が豊富にあるので、調べ
    てみるといいかも。但し膨大すぎて大変なので火傷することは
    うけあい。

    古代においては、勝手に「縄張り」に入れば、半殺しや命に係
    わることは当たり前だったわけで、「恐怖」苛まれてていれば、
    お互いが「種」(この時代にこんな言葉はなかったので便宜上)、
    でも妖怪や鬼の様に見えていたことも十分考えられる。
    中国では「鬼市」という沈黙交易があった様です。

    昔のおとぎ話の「一寸法師」や「椀貸伝説」にはそういう経済
    的な取引の萌芽があるので、経済学的、心理学的に読み解くと
    いいかもしれません。

  43. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/02(土) 16:41:08

    カール・ポランニーの経済人類学的なシステム論によれば

    原始社会(贈与)→古代~王朝(再分配)→市場交換(交換)

    という大雑把ながら時代とともに遷移していったと分析して
    います。

    王朝が<貨幣>を導入して、それを民衆に還元することから、
    貨幣が発生したのは、ある合理的な保証によるもので、王朝
    が交代したり、滅亡変遷が著しかった地域では貨幣そのもの
    が成立し難い事情も多かった。例えばソ連が崩壊した直後は
    タバコが「貨幣」に成りえたし、今でもヒッチハイカーなら
    「タバコ」をカートン単位で購入するのは「常識」とされる
    のは何を兌換するかを決めるのは、人間の無意識的な行動に
    よるからです。

  44. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/02(土) 16:49:42

    これは断言しておきます。

    カール・マルクスの「資本論」での経済の起源を
    「物々交換」の求めたのは、間違いです。

    無理ゲー以前に、ファンタジーであり、フィクションです。

    文化人類学の調査や民俗学での調査を調べれば調べるほど
    そんな内容はまるで無いことがよほどわかってくる。

    カール・マルクスは大英図書館の膨大な資料を調べて、
    「資本論」を書いたからあたかも存在していたかの如く錯覚
    してしまうが、実地で調査に赴いたわけではないです。マル
    クスが「現場」を知らなかったからこそ起こった推論上の失
    敗です。「安楽椅子の経済学者」の論旨はこの際忘れた方が
    健全だと思います。

  45. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/03(日) 01:04:30

    インベスターZにちょっと似たような話があったが、その説は違うよ、と。なるほど面白い。

  46. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/03(日) 11:14:55

    え、まだ続き出てなかったの?と思ったが
    最新記事見るとこの人めっちゃ遅筆なんだな

  47. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/03(日) 16:47:28

    ※29はある意味部族間取引の件の本質を突いてるんだよな
    共同体内部での取引は多少適当でも総体としてマイナスにはならないから許容される
    しかし共同体外との取引で損をすると全体の生存に関わるマイナスになりかねない

  48. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/04(月) 12:08:37

    「お金は元々表券貨幣」に話題を持って行くのかな
    ・貨幣の本質は徴税・納税にある
    ・納税に使えることが、貨幣信用の源泉
    ・従って共同体(クニ)外の流通は想定していない
    だっけ

    金属貨幣起源は「そもそも皆、何で金や翡翠を欲しがるの?」を説明できなくてモヤモヤしたから
    知った時は目から鱗だったな

  49. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/05(火) 14:37:10

    止まるんじゃねぇぞ・・・

  50. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/05(火) 21:59:32

    「インベスターZ」の貨幣の起源で、社会が認めた<貨幣>という魔性の存在
    を追及する話があるけれど、お金で見ず知らずの人を信用出来る様になった
    というけれど、本来的に<貨幣>が無い社会は山ほど存在したわけで、その
    点に関しては疑問がある。そんなに人間が論理的に考えるとは思えない。
    ならば、新潟方面にある、フグの卵巣の発酵させて食べる知恵はどこからわ
    いてきたのか?あれほどの手間をかけてまで食べようとする「必要」があった
    とは「論理的」に考えても仕方がないではないだろうか?論理でもって、歴史
    を紐解くのは無理がある。それこそ「人間の歴史」の最大の謎でしょう。

    私はこう思うわけです。
    経済はソーシャル・コミュニケーションとして捉えて考えるべきです。
    そもそも、貨幣が貨幣を生むというこの時代こそが、かなり歪な時代で特殊な
    時代であると考えた方がいいと思うのです。

    経済は<過剰>を前提としたものであり、古代の方が食料や資源が豊富に
    あった。つまり今は砂漠化しているアラビアやサハラ方面は信じられないこと
    に豊かな草原地帯だった。しかし人間が余計な知恵を付け、家畜を増やし、作物
    を一定の食料になるものしか栽培しなくなってから土壌がやせ細って砂漠化した
    ということが今はわかっている。
    ジャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」等が参考になると思いますが、
    自立した経済=社会を営んでいたにも関わらず、人間の過剰な欲望が、自然の
    バランスを崩してやがて滅亡したことが分かってきている。

    ようするに、現代人と同じで社会を営むのは寂しさゆえであって、極端に言えば
    <都市>を構築したのも、人間という<物語>を支える社会を作りたかったから
    ではないかとも思えてくる。

  51. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/05(火) 22:16:53

    貨幣を生み出したのは、中央集権的な社会が宗教的な祝祭
    を行う長でもあり、王権であったことが多い。
    だからこそ、貨幣が流通したのではないか?
    悪貨が良貨を駆逐することは古代からすでに問題であったか
    らこそ、紙幣が生み出されたと「インベスターZ」では述べられ
    ているが、これは間違い。実は貿易する際には、「財」を「為替」
    として取引するシステムがフェニキア人の跋扈する時代からす
    でに存在していて、レートによって交換する取り決めが明文化
    されてなくとも流通されていたことは調査で判明している。

    まず、明文化されていなくては信用出来ないという社会が、古
    代では特殊なケースであり、文字を生み出さなくてはいけない
    程人口密度が集中したこと、異民族が「都市」という集権的な
    「交易」の場が生まれたと考えた方が良いのではないか?

    無文字社会でも、例えばアステカやマヤの社会でも「交易」は
    存在したが、縄の結び目の数でのレートはあった。知っている
    人も多いかと思うが、マヤ文明は数学的な知識が高い人が多
    かったから、スペイン人は病原菌を持ち込んだことでマヤ人達
    が滅亡の一途にならなかったら、歴史がどうなっていたか分か
    らない。

    カール・ポランニーが「経済と文明」で黒人の奴隷交易でダホメ
    王国での調査を書いているが、文字を持っていなかったダホメ
    人達が、子安貝のレートを欧米人達がぼったくってやろうと、巧
    妙な操作をしていることにすぐ気づいて、法外な子安貝レートを
    逆に吹っ掛けたことはあまり知られていない。

    文字を書くから、文明人で高い知性があり、文字を書かないから
    低い知性だという偏見すら相対化して考える必要がある。逆に、
    文字を書かなくては成り立たない社会を築いたギリシアや、ロー
    マより、文字をほとんど残さなかった遊牧民達の方がしぶとく長
    い文化を謳歌している。

  52. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/05(火) 22:31:47

    カール・ポランニーは「経済とは意識されない経済行為が、財の生産
    と配分として動いているという見方」を持っている。

    貨幣というのは言語や書くということとか、秤量や尺度に似た意味論
    上のシステムのことです。人間が「機能」を付与した存在ということでは
    断じて無い。あくまでも、関係性から貨幣に交換的な「価値」が偶発的
    に生まれたに過ぎない。
    言語もその意味では、情報を交換するシステムではあるからこそ、そ
    こには只ならない事象が存在する。つまり論理を超えた人間が意識
    していない、無意識的なシステムに注目しなくては恐らく経済という、
    巨大な存在は少しもわからないのではないか?

    「市場とは擬制である」とカール・ポランニーは考えていた。つまり、
    市場が生まれた時点でそれはシステムであり、法そのものとして、動
    き始めたということです。

    都市は土地に資本を組み込んだ社会のことで、遊牧民は土地というも
    のに資本を組み込まなかった人々を指す。だからこそ、ギリシアやロー
    マの人々は遊牧民と「社会システム」の違いから対立していたわけです。
    近代まで遊牧民の存在を食い止めることが出来なかったが、モンゴルの
    肥大化以後、産業革命後は、社会に埋め込まれていた経済が社会シス
    テムより大きな存在になった。以後は歴史が示す通りですが、経済の暴
    走が始まったわけです。

  53. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/05(火) 22:56:45

    ならば、貨幣とは何か?
    ゲオルグ・ジンメルが大著「貨幣の哲学」を
    書いている。読みたい人は読んでみるといいですが、
    非常にドイツ語からの翻訳が難解で相当に手ごわい
    のですが、要約するとこうです。

    「貨幣は無性格で、計算可能性であり(マックス・ウェーバーも似たことを言っている)、
    関係性の中でこそ意味を持つ」

    こちらは引用です。
    「貨幣は人間と人間とのあいだの関係、相互依存関係の表現であり、その手段である。
    すなわち、ある人間の欲望の満足をつねに相互にほかの人間に依存させる相対性
    の表現であり、その手段なのである」(「貨幣の哲学」)
    「相対性の表現である」というところがポイントでしょうか?貨幣が酵素と同じで「触媒」
    と同様に化学反応を持つわけではないのに、そこに変換される仕組みが生まれる。
    「媒体」、つまりメディアであるのでしょうか?

    この辺りは私もまだまだ考えたいところです。正直色々と議論が欲しいですね。

  54. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/07(木) 16:53:21

    たとえば銀行口座ってただのデータだから「お金=物」と定義すると矛盾する
    むしろお金はデータ・情報・記録だと思う

  55. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/08(金) 14:41:42

    貨幣の定義づけは難しいかと思いますけどね。

    ジンメルも「貨幣は無性格である」と考えていたし、極めて「相対的な表現」
    で関係性の中から媒介される「酵素」の様なものと考えた方がいい。

    そもそも、最近の行動経済学からも、人間の脳では無意識が大半で、意識的行動
    より9割は無意識的行動であり、記憶も改竄、編集されるということもわかって
    きている。ならば現在考えられていることも「本当にそうなのか?」と疑ってい
    くことも必要だろう。戦前、戦後ではマルクス経済学は「当然」の如く受け入れ
    られていたが、共産主義国家の崩壊が進んでいった中で、「間違い」だと位置付
    けられたけれど、実際告発した「資本主義」の問題については誰もおかしいとは
    思っているが、決定打は全くないまま現代に至っているわけですから。

    今までの貨幣は象徴的(シンボル)存在だったとしても、それが計量
    され、記録する媒体と結びついたことで、社会に埋め込まれた「経済」
    (理法)が社会を凌駕したと考えられなくはないでしょうか?

    貨幣の意味付けは社会構造によって変異を遂げているという意味でも定義より、
    その実在性が相対的な中で揺り動いていると考える必要がある。
    貨幣が貨幣を生む「マッド・マネー」と言われる昨今では、人間の無意識により
    暴走を遂げている。

    「社会システム」の中で貨幣の位置づけが変わってきている。このことをもっと
    ちゃんと考えた人が全然いないのではないか?そう思えて仕方がない。

  56. 名前:名無しさん 投稿日:2017/09/08(金) 22:40:12

    紙幣や銀行誕生の流れならやる夫が儲けるようですが分かりやすい
    たまごっちとかキン消しとか今のビットコインといい何にでも価値は生まれるからな

  57. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/09(土) 22:03:11

    何にでも「価値」は生まれ得るのは同感ですね。
    但し、その「価値」が社会全体に普及し得るかどうかでは、
    その社会システム<全体>との相対性、いや共通感覚
    (コモンセンス)化するかは、ある程度偶有性があると思う。
    <複雑系>が以前流行りましたが、予測は難しいと思って
    ます。

    つまり普及するかどうかは、社会システム全体の共有化と
    いうか「合意」があってこそなんでしょう。

    中国共産党が、「ビットコイン」を禁止したのには、その社
    会的合意が至れば、発行している紙幣の管理及び統制が
    揺らぎかねないし(何をいまさらと思ってますが(笑))、為替
    レートの調整という特権が奪われるからに他ならない。

    ドル為替レートが世界経済で特権的な位置にあるのは、FR
    Bという「民間」の銀行の共同体(ユダヤ資本)によるもので
    あるけれど、アメリカでこのことを報道した人々の悲劇は有名
    なのですがここでは触れません。

    私は陰謀論者ではないので、そういう議論に加わる気はない
    ですが、集合的な人々の潮流があったとだけにしておきます。

  58. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/10(日) 21:42:17

    物々交換が発展して、貨幣経済が出来たって言うのは証拠が無いというのは有名な話。
    先に債務があって、その後に貨幣がある。

    エジプトやバビロニアの遺跡からも、債務を記した石版などが多数見つかっている。

  59. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/10(日) 23:39:32

    そうですよね、債務が「負い目」なんです。この辺はもっと研究資料
    が欲しいですね。ヘロドトスの「歴史」にも似た記述があったと思った。

    あとマルセル・モース「贈与論」はこそもっと読まれて欲しい本ですね。

    与えることこそ、「権威」の印なんです。アメリカインディアンの部族
    で、首長になると祝宴を繰り広げて権威の強さを示さないといけな
    いという話があって、当然首長は破産するので、首長になるのを部
    族内では嫌がられたという有名な話もある。
    ポトラッチはこれを他の部族に示すことから起こったケースで、権威
    を示す為に、奴隷を目の前で殺害させたという酷い話もある。

    王権社会では税を徴収するだけではなく、祝祭時に大々的に還元
    セールを行ったわけで、カール・ポランニーによれば、これを「再分配」
    と定義した。

    「宗教」と「政治」が強く結びついていた国では、兌換としての貨幣が
    存在していたけれど、主だってはレート交換や相互贈与の形の方が
    多かった。ある程度レートを決めておけば、そもそも「貨幣」が必ずし
    も「必要」だったわけではない。

  60. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/13(水) 23:38:30

    やはり貨幣の源泉を交換欲求(需要)に求める※が多いねえ
    税に求めるのはまだ一般常識になってないんだな

  61. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/14(木) 20:55:21

    ジョルジュ・バタイユの「呪われた部分」を読むとわかるけど、

    税も、<過剰>を蓄積して<蕩尽>するための社会システム
    の生理みたいに考えればわかりやすいですね。貨幣の源泉を
    税に求めるの気持ちも分かります。但し、欲求がイコール需要
    ではないと思ってます。まず、「需要」は「必要」ではない。この
    前提がまず大切だと思います。「税」も社会の生理が蓄積する
    ための「過剰」であったとも思える。

    今や税も、国家の秩序を維持する為に「必要」の如く議論が避け
    られがちですが、本来的に「社会」が「国家」の衣を纏うことその
    ものに欺瞞を感じなくてはいけない。ISを見れば、「国家」とは何
    かと、思わなかったのだろうか?古いマンガですけど、「沈黙の
    艦隊」って覚えてますか?名付けることでその振る舞いを社会
    システムが演じるだけであることは明白だと思います。

    税もなぜ集められたのか、「必要」からでは断じて無い。貯める
    ことが快感だからだろう。貨幣の起源は、経済システム内の税
    にたまたま引っ付いただけで、貨幣そのものの起源は宗教的な
    またフェティシズム的な存在で全然別の存在で、社会の中での
    埋め込まれた「経済」=理法が、それをある時「選択」したと考え
    たかと思うのですが、この辺は私的には確信してるのですが、
    どうでしょうか?

  62. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/14(木) 21:09:52

    何故に奈良時代に税を運ぶために「命をかけた」のであろ
    うか?これを学生時代に「説明がおかしい」と思っていた。
    恐らく「宗教的な意味」があったと思っている。

    日本での租庸調の税システムに、学生時代から疑問に思
    ってました。何故に奈良時代に税を運ぶために「命をかけた」
    のであろうか?これを学生時代に「説明がおかしい」と思って
    いた。恐らく「宗教的な意味」があったと思っている。
    税を納めることを、人身御供の様な「神」に「捧げること」その
    ものではなかったか、と思う。でないと説明が出来ない。
    租庸調を考えると、伊勢神宮に収める捧物がおおよそを占
    めているから、祝祭的な意味の方が強かったのではないの
    だろうか?昔から「税」を逃れることは頻繁にあったし、隠し
    田などは常套手段だったことは網野善彦氏の調査でかな
    りわかっている。表層だけ見ているとそういう疑問にまでい
    かないことが多いけれど、「おかしい」と思うべき。

    死ぬのが嫌ならば、反乱を起こすであろうし(記録が無いだ
    けで、結構あったと思ってる)、記録に無いからといって、そ
    ういう反発が無かったとどうして言えようか?

    イスラムの社会では生涯に一度のメッカへの巡礼を行うべし
    と「義務」の様にされていたが、それこそ「おかしい」けれど、
    イスラムではそれがシステム的に「合意」が得られている。

  63. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/14(木) 21:43:51

    私は、「需要」というものが、アダム・スミス以降の経済用語で
    しか過ぎないと思ってます。これも古代から考えて「相対化」
    して検討すべきと思います。

    集合知とか「みんなの意見」は案外正しいという無意識の合意
    があったからでしょうか?人間はそれほど論理的ではないし、
    「しらずしらず」(レナード・ムロディナウ)に人々は社会的な集団
    心理に「合意」していることは、最近の行動経済学の調査でも
    実例が数多くなされている。人間が「機能主義」ではない。
    合理的人間などは幻想であることはもうわかりきっている。

    常識を疑ってみてはどうだろうか? 税に貨幣の起源を求める
    説はWikipediaに載っているけれど、ではなぜ税は徴収されな
    くてはいけなかったのか、そこから先は「物証」が無いからこそ
    誰も「掲載」しないが、同時に貨幣の起源が税であるという立証
    も出来ない。文字を媒介にしなければ、コミュニケーションそのも
    のが、記録出来ないからではないか。貨幣を媒介したのが、なぜ
    なのか?誰もこの疑問を考えない。私はウィキペディアに載って
    いることが「真理」の様に錯覚しがちではあるが、「なぜ」を突き詰
    めれば、では「なぜ貨幣なのだ」と思う。

    機能的な説明では解明はできないはず。
    では暗黙の合意による「沈黙交易」がなぜ成立しうるのだろう?

    私はこういう「機能主義」的説明では貨幣の起源が追及出来ない
    と思っている。初期の貨幣では「偽造」がたやすく可能だからだ。
    より精密になったから、ある特定化された地区のみ「税」に貨幣
    が使われたに過ぎず、それでも「税」の徴収の多くは「現物」だっ
    たことをもっと考えた方がいい。
    発掘調査で出て来るものの多くが「貨幣」だったからといって、そ
    れが「税」によるものなのかどうか、尺度のシステムとして使用さ
    れたのは都市国家での一部の特定のところだけだったこと、そし
    て地方では、交易がバーター決済による互酬システムの方が信
    用度が高かったから、貨幣は一部で「機能」していたと考えた方
    がいいのではないか。
    偽造貨幣の歴史をもっと考えた方がいいのではないかと思う。

  64. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/14(木) 21:54:15

    「税」を徴収するために「貨幣」が使用されたことを否定して
    いるのではありません。私が疑問なのは「貨幣が使われた
    のがなぜなのか」ということなんです。

    貨幣というシステムが、ある「シンボル」であり、計算可能性
    を統一するための尺度として、社会的合意が得られた存在
    であったこと、これはそうでしょう。

    私は、貨幣が物理的存在で、コインや紙幣というものになっ
    たことが疑問なんです。主だってコインは「都市国家」という
    ある特定の範囲でしか使用できなかったことこそ疑問に思う
    べきで、貨幣によって「税」が徴収されたことそのものは否定
    しないのですが、ではどこまでいっても普遍性を持った存在
    になり得なかった尺度としての貨幣とは何なのだとさらに疑
    問が出る。

  65. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/14(木) 22:14:41

    ヨーロッパ的な「都市国家」が食料を自家生産出来ないから、外部から
    交易によって、食料や資材、原材料を調達する必要が生じたのがなぜ
    なのだろう
    逆に地方に略奪に向かっていったスパルタの様な「都市国家」が成立しえ
    たのがなぜなのか。

    フン族の様な遊牧民が、スキタイの様な遊牧民国家が文字による記録
    を残さなかったからこそ、ギリシアのあちこちが都市国家を形成しえたの
    ではないかと考えたい。
    ギリシアの民達は遊牧民に苦しめられていたのではないか、だからこそ
    強靭な戦士を持つ国家にならざるを得なかった、スパルタが生まれ得た
    のだろうか?

    貨幣が「税」によって「必要」だったか? それもまだまだ疑問が残ります。

  66. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 18:28:09

    山岡さん、更新をまっているわ!

    ところでよく贈答品に対して御礼の品を贈る…ってのは物々交換とは違うんだよね。
    欲しくないものを贈られたりするから。
    物々交換とプレゼントの贈り合いの違いって、欲しいか欲しくないか…だけかな

  67. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 22:40:15

    貨幣そのものが、都市国家における計算可能性としての尺度
    になり得たのには、ある理由があるはずです。ただそれが遊牧
    民ではコインというものが流通としての尺度になり得たケースが
    殆ど無いという「事実」の方が大切でしょう。

    ユーラシア大陸、特にシルクロードでの流通はコインで動いて
    なく、ほとんどがバーター交易であった。これは世界史を少しで
    も勉強すればご存知でしょう。黒貂の道とかまあ色々あります
    が、ヘディンが絹の道などと名付けることで多くの誤解が生じて
    いるけれど、絹ばかりが交易されていたわけではないことは、
    明白です。

    杉山正明氏の著書や、講談社の学術文庫化もされているから、
    林俊雄「スキタイと匈奴 遊牧の文明」とか、
    森安孝夫「シルクロードと唐帝国」辺りは参考になります。

  68. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 22:55:56

    贈与物が必ずしも、有益なものを送るばかりではない。
    鋭い指摘です。

    負の贈与、実はこれがあるんですね。
    若い人には知らないけれど、「不幸の手紙」というのが
    そうなんです。ドラえもんで、「不幸の手紙」の本当の意味
    を藤子・F・不二雄が解明していた話が載っていたと思い
    ます。最近ではチェーンメールもそうでしょうか?

    これらは個人の情報を得るという意味があり、名簿屋が
    住所や連絡先等を、収集する為の常套手段になり得た。

    呪いを送ることもそう。先日、中国の鬼市の存在を指摘し
    ましたが、これを報告したのは南方熊楠氏です。

    小松和彦氏が「ウントク譚」という伝承を報告してますが、
    そういう物語の型がある。つまり汚らしい醜い童子ウン
    トクを家に連れて帰ると、その家が儲かる。排泄物が金に
    なったりする。しかし、ウントクがいなくなるととたんに零落
    する。または汚いからといって蔑ろにすると没落するという
    パターンです。

    ある集団においては価値が転倒するという、物語の元型
    があって、共同体に欠損があるからこそ、そこに流れ込む
    「富」の存在があり、身体的な欠損者が富をもたらしうると
    いう「構造」もある。例えば「びっこ」や「盲目」「聾唖」などが
    「負の貨幣」として流通していたという考え方にして、経済
    の見方をひっくり返してみてはどうだろうか?

  69. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 23:03:17

    古代から近世までは、社会の中に経済が埋め込まれて
    いたというのは、カール・ポランニーの鋭い指摘ではあ
    るが、物々交換に関しての論述は無かった。マルセル・
    モースもそう。贈与経済があったが、丁度マルクス経済学
    が盛んになり、ソ連が成立してからの長い間は日本でも
    「物々交換」が経済の起源の様にずっと考えられてきた。

    その為最近まで忘れられてたけれども、実は貨幣に関す
    るフェティシズム的な問題も含めて、社会の枠組みを超
    えて暴走する昨今の経済を捉えなおすためには、原点
    に帰って考えてみなくてはいけないことが必要なのかも
    しれません。

  70. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 23:10:38

    嫌なものを受け取ったら、それを他の嫌な奴や、
    排除したい人に送ればいい。回し手形なんて、
    婉曲的に言えばそうでしょう。

    穢れ(ケガレ)は「払う」ことであり「お祓い」であ
    るわけです。これは日本の言葉遊びでは決して
    ありません。コインの裏表の様に繋がっている
    といっても過言ではありません(偶然うまいこと
    を言ってしまったと自分で笑ってしまった)。

    ゴミもある共同体では「宝」になり得るということ
    であって、穢れも共同体から排除されることで、
    「富」に変換されるという「比喩」でもあるわけで
    す。

    椀貸伝説などを読み解くことも必要でしょう。

  71. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 23:22:04

    山一証券の経営破たんで有名になった「飛ばし」はそれこそ
    「負」の贈与そのものではありませんか?

    テレビのバラエティー番組でどんどん膨らんでいく風船を、
    バレーしていくゲームの様で、それこそバブル経済なんかは、
    誰かがその「負」を被ることになるわけです。歴史を紐解けば
    チューリップバブル、ITバブル等々、いっぱい出てきます。

    従って、国家が揺らぐほどの暴走についても「負の経済」とし
    て考える必要があるのです。

    「マイナスの富」もある共同体では「プラスの富」に変換される
    ものと、「マイナスが余計に膨れ上がる存在」とあるわけです。

    放射性廃棄物なんかはその後者の典型ではありませんか?

    室田武「エネルギーとエントロピーの経済学」という古い本です
    が、すでに「原子力発電所」そのものが、費用対効果が合わな
    いことを指摘してます。

    エントロピーから経済(理法)を読み解けば、エコロジー的な、
    環境問題についてもエネルギーについての新しい経済学的視
    点を持てると思います。こういう考え方って古いんでしょうか?
    私にはわかりませんが、皆さんはどうなんでしょうか?

  72. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/09/16(土) 23:32:06

    追記

    絹の道と名付けたのはリヒトホーフェンですが、
    シルクロードという言葉を普及させたのは弟子のヘディンです。
    訂正します。

    「草原の道」「オアシスの道」「海の道」の大きく3つあること
    が現代では一般的に言われてますが、メルカトル図法に
    惑わされなければ、最も短距離は「草原の道」です。
    但し遊牧民達が跋扈していたので、敵対民族には危険な
    場合もあったけれど、非常に平坦で遊牧民と同盟の許可
    があればとても安全なルートと言われてます。

    都市国家はそういう遊牧民と敵対していたからこそ、城壁
    を築いたり、略奪(みかじめ料ともいう名の贈与)に適当に
    併せられなかった民族達が意図したことに過ぎない。

    ギリシアや中国の農耕民達は、定住することから経済を構
    築することを共同体の生理にしたのでしょうが、なぜなんで
    しょうか?

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