サイトアイコン 腹筋崩壊ニュース

石器時代のカラシニコフ。「投槍」。

16世紀。

西洋世界が大航海時代に入っていったこの時代、世界で最も強く雄大な国家はスペインであった。

新大陸の発見以後、この地の豊富な金銀に目をつけたスペインは、「コンキスタドール(征服者)」を送り込み、南米の国々を次々と征服していった。

征服の途上で発見した先住民族を悉く虐殺し、財宝を奪い尽くすことができた理由は二つ。
スペイン人が圧倒的に優れた武器を持っていたこと。
そして、先住民族を人間と見なしていなかったこと。

スペイン人にとって、南米の先住民族は弱く無害な下等生物であり、虐殺したところで、罪悪感など毛ほども覚えなかった。

事実、先住民族は「鉄」を知らなかった。

剣や斧は、黒曜石を木で挟んだだけの粗末なもの。矢は石の鏃。防具に至っては、「体に神聖なシンボル」をペイントすることしか知らず、戦場にあって裸同然の格好であった。

一方のコンキスタドール達は、当時最先端の火縄銃と鉄製の剣で武装し、鉄のヘルメットと胸甲で身を守っていた。この地の先住民にしてみれば、およそ人知を超えた技術で作られた装備なのである。

石器時代とほとんど進歩していない武器など、鉄の装甲が跳ね返してしまうだろう。さらに、どんな勇猛なインカ帝国の兵士といえど、火縄銃の轟音を耳にするだけで怯えた子どもに戻ってしまうだろう。

現に、あの偉大なるフランシスコ・ピサロは、たった200人足らずの軍勢で、何万人というインカ帝国の大軍を撃破した。8,000人もの死者の山を築いたにも関わらず、ピサロの兵隊は全くの無傷だった。

そうした事実が、「この地の下等生物は、我々に傷ひとつつけられない。」とコンキスタドール達に確信させたのである。

彼らが、現在はチリと呼ばれる地域に到達する頃、重い荷物を担がせるために同行させたインカ人の奴隷達が怯えはじめた。

曰く、
「このあたりはインカ帝国に抵抗を続けた蛮族が住んでいて危険です。」

司令官は笑った。
「未開人共の、その更に蛮族?馬のいななき一つで死んでしまうぞ!」

その時である。

50mほど先の小高い丘から長い棒のようなものを持った一人の男が現れた。その男を目にした奴隷達の怯えが酷くなり、ガタガタと震えている。

一人の兵士がその男に銃を向けると、司令官はそれを抑えて言う。
「弾がもったいない。だいたい、蛮族ごときがあの距離から何をできる?近づいてきたら斬り捨てれば充分だ。」

しかし、奴隷達の怯えは収まらず、ついには我先にと逃げ出した。

丘の向こうの男のことなど意識の片隅にすら残っていない兵士達が、逃げた奴隷を追おうとしたその時である。

バギンッ。

鈍い金属音と同時に、馬上の司令官の胸に1.5mほどの細長い棒が生えていた。その根本は胸甲に深々とめり込んでいる。

誰も何が起きたか理解できなかった。男は50m先から動いていない。だが、先ほどまで手にしていた棒は消えていた。

もう一人、男が現れた。一人目と同じように細長い棒を携えている。二人目の男もまた、手を大きく振りかぶり、それを放つ。

瞬間、最前に立っていた不幸な兵士のヘルメットは頼りなく破れ、棒が彼の頭蓋をやすやすと貫通した。

兵士たちは慌てて火縄銃の装填を始めたが、50m先の人間大の的に当時の火縄銃で当てるのは至難である。しかも、男どもは銃声にひるまない。丘の向こうの男たちは、一人また一人と現れる。それを高く掲げながら。

それとはすなわち、投槍

程なく、屈強なコンキスタドールの一団は、なすすべなく全滅することとなる。

これが、後の300年にわたる、先住民族によるスペインへの抵抗の幕開けであった。

スポンサードリンク

…という、無駄に長い小説風の出だしにより、管理人に小説家の才能がないことが判明したわけですが、今回のテーマは「投槍」なのであります。

人類が物を投げることを覚えて、おそらく初めて投擲武器として使用したのは石だろう、というのは前回の記事で書きました。

そして、道具を加工したりするのを覚えた人類が、次に投げたのは「槍」だと、科学者は考えています。

投槍というと、ウホウホ言いながらマンモスを囲んでぶん投げていく、そんなイメージを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

それ、大体合ってます。

火でビビらす→落とし穴→槍+石のコンボ

例のスリング(投石器)が発明されたのはだいたい1万年くらい前とされていますが、それ以前の素朴な投石は、いくら人類が優れた肩を持っていても、マンモスのような巨大な動物にはなかなかダメージを与えられません。

むしろ、怒らせて踏み潰される可能性の方が高いです。

しかし、マンモスのような巨大な生物は、当然ながら肉の塊なわけでして、そのような「美味しい」獲物をいつまでも人類が指を加えて眺めているわけがありません。

そうして、彼らが知恵を絞り開発した当時最強の兵器が、「投槍」だったのです。

50万年前の槍の穂先

これは人類史に残る偉業であり、人類を人類たらしめる革命だったと言っても過言ではありません。

「石器」それ自体は人類の祖先であるホモ属の登場と同時に使われるようになっていますが、それを「長い棒の先っぽにつけて投げる」という発想が偉い。

この発想にたどり着くまで、実に200万年以上の時間がかかっています。

大型獣を安全に狩りたいという強い欲求が、獲物の牙や鼻の間合いの外から一方的に刺突を加えられる兵器を生み出したのです。

人類はこれまで様々な武器や兵器を開発してきましたが、「安全なところから一方的に攻撃する」これが投擲武器の基本中の基本です。

その歩みは、50万年前に人類が槍を手にした時、大いに発展したのです。

スポンサードリンク

投槍の恩恵

ウサギや狐、ネズミみたいな小型獣は素手でも捕まえられますし、そこらにある石をヒュッと投げるだけで肉を手に入れることができます。

しかし、小型獣を一生懸命狩っても、当たり前ですが「食える肉が少ない」ですし、小さいがゆえに「見つけるのが難しい」という根本的な問題がありました。

意外と労力の割に得られるカロリーは低いのです。

ところが、マンモスやシカやウシといった大型獣は一匹倒せれば、ある程度のグループが何日も食いつなげるだけの食料が手に入ります。

危険かもしれませんが、そのリスクを取るだけのリターンは充分に見込めるのです。

そして、余剰な肉が手に入るなら、毎日毎日地道に獲物を探す労力が減り、余暇が生まれるわけですね。その余暇が積み重なって、少しづつ少しづつ文明を発達させていったのです。

また、大型獣を狩るようになったことは、人類にとってもう一つ重要な影響を与えた可能性があります。

それは、言語能力の発達です。

マンモスのような強敵を倒すには、絶対に「作戦」と「チームワーク」が必要です。「あっちから追い込め!」とか「1、2の3で突撃するぞ!」みたいなやり取りをする必要があるわけです。

それが淘汰圧となり、高度な言語コミュニケーション能力の獲得に至ったという説。

これはまあ、数ある仮説の一つですが、わりと説得力ある感じがします。

スポンサードリンク

石器時代のカラシニコフ

そんな偉い投槍ですが、一つ大きな欠点がありました。

それは、投槍の威力が大したことないという事実。

石と比べて単純に投げにくいので、スピードと飛距離がイマイチなのです。

いくら安全な距離を取れると言っても、獲物が暴れれば命の危機にさらされる距離しか稼げないことも多かったでしょうし、大型動物を仕留めるまで長い時間がかかったでしょう。

そのけっこう致命的な欠点を克服したのは、およそ4万年前。ある画期的な装置が発明されました。

その名も「投槍器」。

別名「アトラトル」。

マスターキートンが使用したことで、広く知られている兵器でもあります。

名シーン

このモノ自体は、L字型の棒で、出っ張りに槍をひっかけやすいようにくぼみをつけただけのシロモノです。

しかし、これが「石器時代のカラシニコフ」と言われるほどの恐るべき威力を発揮したのです!

スポンサードリンク

投槍器の原理

その原理は単純。

投槍器の長さの分、腕が長くなり、「テコの原理」の効果を出すというもの。
テコの原理はみなさんもよくご存知とは思いますが、軽くおさらいしましょう。

テコの本質的な機能は、「運動を力に変換する」ことです。

もっともメジャーな、あのテコを思い出してください。

アルキメデス「我に支点を与えよ。されば地球を動かしてみせよう。」

この種のテコを図式的に表すと、次のようになります。

「力点」というのが、人間が力を加える部分。「作用点」が力が働く部分。

このテコを利用することで、軽い力で重いものを持ち上げられるようになるわけですが、力点は作用点より長い距離を動かす必要があります。

つまり、「運動」を「力」に変換しているわけですね。

逆に、テコを応用することで、「力を運動に変換する」こともできます。

それが、この図。

力点を動かすのは重くて大変なのですが、力点を少し動かすだけで、作用点が長い距離を動くのがわかります。

これを、投槍器に当てはめてみましょう。

おわかり頂けただろうか…。
投げる時にはちょっと重いけど、その分すごい勢いで投げることが可能になります。

男子やり投げの世界記録は98.48mですが、投槍器を使用すると、一般男性でも少し練習すれば150mの飛距離を叩き出すと言われています。

さらに、熟練者ともなると、飛距離は安定して200mを超え、その射出速度も150km/hを超えるとか。

そんな恐ろしい威力の投槍器を、生き物に使ったらどうなるか。

1980年代にアメリカの大学教授が死んだ象を使って実験したことがあります。

石と木だけで作られた槍をピュッと投げたところ、その槍先は象の厚い皮膚はおろか、肋骨を砕き心臓をも貫通したのです。

冒頭のコンキスタドールがボコられたのも納得の威力なのであります。


というわけで、「石器時代のカラシニコフ」と呼ばれる投槍器。

これは人類が到達した、ひとつのターニングポイントとなりました。

これにより、人類は大量の肉を更に楽に手に入れることを可能にし、地球の支配者としての道を進んでいくこととなったのです。

しかし、人類は世界中でこの投槍器を使っていたにもかかわらず、ほとんどの地域で忘れ去られてしまいます。

その理由は、次なる飛び道具「弓矢」の登場なのでありますが、その辺はまあそのうち。

ではでは。

モバイルバージョンを終了