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ブリカスが駆逐した動物たちwwwwwww

近年、日本人の狩猟離れが叫ばれています。

ハンターになる方法はこちら

https://fknews-2ch.net/archives/39232181.html

しかし、本来「狩り」は、人類最古の生業とも言えるものです。

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「狩り」という文化

魚釣りや採集と並び、人間社会の最初期において、生活の糧を得るための最も重要な手段のひとつでした。

動物の肉は貴重なタンパク源であり、また動物の皮の加工品は衣服を始め様々な用途に使われていました。

そんな狩りも、農耕や牧畜の発達にともなって人類に生きる余裕が出てくると、やがては娯楽として嗜まれるようになります。

また、狩りは、同時に戦いの練習という側面もありました。

弓矢・ナイフといった武器の扱いや乗馬の技術を覚えるのに適した演習だったわけです。そのため、ヨーロッパにおいては貴族社会を中心に広く嗜まれてきました。

その中でも屈指の狩猟マニアとして有名なのは、オーストリアのフランツ・フェルディナンド大公
セルビア人の青年に暗殺され、第一次世界大戦の引き金となった人物としても知られていますね。

彼は、生涯で30万頭の獲物(1日平均15頭!)もの動物を狩りました。それらの獲物の多くは、なんらかの形で保存されていて、今でもチェコのコノピシュチェ城というところに保存されています。

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熊、猪、狼

そんなヨーロッパにおいて、最も狩りが盛んだった国の一つが、イギリスでした。

彼らの精力的な狩りの結果、グレートブリテン島に生息していた多くの動物たちはその姿を消すこととなりました。

とりあえず、駆逐された順に追っていきます。

初めの犠牲者はクマ

三毛別羆事件などのイメージからすると、簡単に狩れるような甘い獲物ではないように感じます。

しかし、丈夫な毛皮、豊富な油、食用に出来る大量の肉のため、クマは世界的によく狩りの対象として好まれてきた動物です。

古くは、古代ローマにおいて、クマは闘技場の怪物の一つとして登場し、人間と戦わされたりしています。

ローマ時代に闘技場で戦わされたクマはヨーロッパヒグマで、イギリスのグレートブリテン島にも同じ種が住んでいました。

地域によって同じ種の熊でもサイズが違ったりして、「~地方のクマが最高の対戦相手である」などといったことも話されたりしたそうです。

しかし、冬眠のシーズンを狙えば比較的容易に狩れることなどが影響し、西暦1000年頃には、グレートブリテン島のクマは絶滅してしまいました。

次は、イノシシ

イノシシは気性が荒く、狩猟用の犬や馬、人間にも頻繁に危害を加えてくるため、悪しき生き物だとみなされていました。


しかし、だからこそ戦いの練習相手としては好都合であり、貴族にとっては格好の狩りの対象でした。

「獰猛になる繁殖期を狙う」
「馬から降り、ナイフで一突きで倒す」
といったような習慣はこのイノシシ狩りの頃から出来始めています。

イノシシも、クマと同じようにすぐに狩り尽くされましたが、イギリスのイノシシは、数百年ごとにフランスやドイツからの輸入→野生化→絶滅を繰り返しており、正確な絶滅時期はわかっていません。(おそらくは13世紀頃)

オオカミもまた、害獣と見なされ、狩りの対象となりました。

オオカミは、毛皮も人気が高く、それゆえに毛皮が国への貢物として指定されるなどしています。

13世紀には、時のイングランド王エドワード1世からオオカミ根絶令が出されるなど、非常に厳しい時代が続き、グレートブリテン島のオオカミは15世紀終盤には絶滅してしまいます。

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牡鹿の魅力

クマ、イノシシ、オオカミたちが絶滅した後、人気の対象となったのは牡鹿でした。

鹿、特に牡鹿 は「狩りの王様」と呼ばれ、ツノの分岐が10以上ある牡鹿は狩りの対象として最高のものだとされていました。

かっこいい。

このころの鹿狩りの様子は、絵画のテーマにもよく選ばれているほか、色々なシンボルに描かれており、ヨーロッパにおいて非常に尊敬された生き物となっていきました。

神話的なシンボルであり、また知性の象徴であり、またユニコーン等の幻獣と同列の存在として扱われていました。
キリスト教では、鹿は魂の救済をしてくれる生き物だという考え方もあるそうです。

ハリー・ポッターの守護精霊も牡鹿です。

このように、牡鹿というのはヨーロッパにおいて非常にカッコよくて賢い生き物なのです。

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牡鹿狩りは比較的長く続き、他の動物のように絶滅することもありませんでしたが、やはり数の減少は避けられないものでした。

そうすると、今度は16世紀頃からキツネ狩りが貴族のスポーツとして始まります。

キツネに神秘性はありませんでしたが、なにしろ大量にいるし家畜に害を及ぼすから狩っちゃおうぜ、となったわけです。

しかし、実際のところ、キツネは賢くて隠れるのが上手く、冬眠もしません。人間の力だけではキツネ狩りは難しいのです。

そこで、キツネ狩りに特化した猟犬が開発されるようになります。

その名もイングリッシュ・フォックスハウンド。「~~ハウンド」と付くものは全て元々は狩猟犬ですが、イングリッシュ・フォックスハウンドは嗅覚が強く、足が速く、持久力も抜群の種として有名です。

イングリッシュ・フォックスハウンド

当初はキツネもけっこう頑張り、個体数の大幅な減少はありませんでした。そのため、狩りの人気は長く支えることとなりますが、この状況は産業革命を境にガラリと変わります。

産業革命は、18世紀半ばから19世紀にかけて起きたわけですが、狩りに一番大きな影響を与えたのは、交通手段でした。

今までは、動物が住んでいる地域まで、馬に乗って移動。もしくは、田舎に大豪邸を持つ貴族が森に出かけて狩り、といった形でした。
馬は世話人も必要ですし、狩りには従者も必要。そもそも馬なんて持ってない人がほとんど。

ということで、狩りは誰でも簡単に出来るものではありませんでした。

狩りをする人が少ない、ということが、キツネたちにとって唯一の救いだったわけです。

しかし、産業革命によって道路が整備され、「蒸気機関車」が発明されると、都心にいた人々も簡単に田舎に移動することが可能になります。

そして、現地に着けば、別に馬がなくてもキツネ狩りは行えます。猟犬は一緒に汽車に乗せていけばおk。

まるでサラリーマンがゴルフに行くような軽い気持ちで、狩りを楽しむことが可能となりました。

その結果、キツネ狩りのブームはどんどん広がり、19世紀には大量の人が娯楽のために田舎でキツネを狩るようになりました。

キツネ狩りのブームは拡大しつづけ、そのうち、キツネ狩りのためのキツネが足りなくなるという事態に。

イギリスは、フランスやドイツ、オランダ、スウェーデンからキツネを輸入して、これに対応しました。

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動物たちの復讐

こうして、人間の娯楽の対象となった結果、数々の動物が姿を消していきました。

もうイギリスの生態系はボロボロ…。やられっぱなしの動物達。ですが、キツネ狩りは思わぬ形でイギリスの社会に復讐しました。

新しい木が生えなくなってしまったのです。

原因を探ってみると、どうやらウサギの数がものすごい勢いで増えていることがわかりました。

イギリスが発祥のピーターラビットや不思議の国のアリス。これらが生まれた時代は、
ピーターラビット→1893年
不思議の国のアリス→1865年
どちらも19世紀です。どちらもウサギが主人公、ないしは物語の重要なポストを占めます。

ウサギの数が急激に増えたのも19世紀。生活の中で良く見るからこそ、作品のモチーフになりやすかったのでしょう。

ウサギのような草食動物は、木の苗や葉っぱ、芝なんかの草を食べます。

とはいえ、ウサギごときがイギリス中の草を食べ尽くすなんてありえない、と当時のイギリス人は思いました。

それはその通り。

しかし、彼らはそこらへんに生えている草ならなんでも食べるわけではなく、木の苗などを優先的に食べるのです。

というのも、成長した草木は、草食動物に食べられてはたまらない、ということでタンニンという物質を蓄えるようになるからです。その結果、味は渋くなり、栄養価も下がります。

ウサギたちだって、美味しい草を食べたい!

ので、みずみずしくて柔らかい、若い葉っぱを優先的に食べるようになります。

そうして、イギリスでは新しい木が全然生えなくなってしまったということでした。

もう、お気づきでしょう。ウサギの爆発的な増加は、キツネがいなくなったから、です。

キツネはイヌ科の肉食動物であり、ウサギなどの小型の草食動物を捕食します。
もっと大きな敵だったオオカミはとっくの昔に絶滅しています。
天敵がいなくなった田舎の草原は、ウサギたちにとって天国になったのです。

この社会問題は19世紀から20世紀にかけて本格化しました。
産業革命が18世紀半ばから19世紀ですから、キツネの減少とウサギの増加の関係性は火を見るよりも明らかでした。

外来種の恐ろしさ

あまり知られていませんが、そもそもイギリス・グレートブリテン島のウサギは外来種です。

もとは西暦1000年前後、ノルマン人に食料として運ばれてきたものが繁殖したものです。

外来種とは、その土地にもともといなかった生物。外来種は度々、環境の適合や天敵の不在により、あっという間に数を増やす場合があります。

日本でも、アメリカザリガニ、ブラックバス、ブルーギルなんかが有名ですね。

ウサギはもともと外来種でしたが、キツネ・オオカミという天敵が、爆発的な繁殖を抑えてくれていたのです。彼らがいなくなると、もうウサギの天下。

というか、肉食獣なんてほとんど狩りで絶滅させられていましたので、怖いものなしです。

じゃあ、キツネの次はウサギが狩られたのか。

その通りです。

ウサギ狩りはとても流行りました。ウサギ狩りは英語で rabitting(ラビッティング)と言うくらいです。

しかし、ウサギ狩りの難易度は異常。

人間には手の届かない深さの巣穴を掘るので、捕獲には調教したフェレットなどが必須ですが、フェレットの調教なんて誰でも出来ることではありません。
的が小さくすばしっこいので、遠くから狙うのもムズイ。

その上、ウサギたちの餌は草なので、どこででも繁殖でき、大型動物と違って繁殖スピードも桁違いに早い。

プレイボーイのトレードマークになるのも頷けるレベルです。

ということで、人間による狩りでは、繁殖に歯止めがかけられませんでした。どんどんウサギは増えていき、このままではイギリスに若い木が生えなくなってしまう…。

これは由々しき事態だ、ということでイギリス政府はある対策をとります。

かわいそうな兎

イギリス政府がとった対策。それは、目に見えないほど小さく、あっという間に増えるハンター、ウイルスの導入でした。

そのウイルスの名前は、

Myxomatosis(ミクソマトーシス)

日本語では、兎粘液腫症と訳されます。19世紀にウルグアイの研究室において発見されたものです。

このウイルスは、嘘みたいにエゲツない性能を持っていました。

・ウサギにのみ感染する。
・水を媒介にした経口感染、感染したウサギとの接触感染といった高い感染性を持つ。
・感染したウサギは、発病から14日以内にほぼ確実に死に至る。

1950年ごろ、ウサギの数をコントロールしようとオーストラリアに初めて導入された際、高い駆除効果を発揮しました。

また、1952年には、フランスの科学者が自分の庭にいる野生のウサギを駆除しようと思い立って使用したところ、ウイルスは瞬く間に広がり、たった2年でフランス中のウサギの内90%が死に絶えました。

ちょうど増えすぎたウサギに困っていたイギリス政府は、そのウイルスの蔓延を国として推奨したのでした。

主に、ウイルスに感染したウサギの死体を別のウサギの巣穴の前に放置する、という方法が取られました。

その結果、ウサギの数は見事にコントロールされ、ほんの2年で個体数はピーク時の5%にまで減りました。。

この急な現象に対しては、さすがのブリカスもかわいそうに感じていました。しかし、国の推進することだから反対することもできない…。

ということで、ハンターはせめて病気のウサギが早く楽になるようにと、優先的に狩るようにしていました。

こうして、ウサギの数は減り、木の苗は保護され、とりあえずイギリス政府の目的は達成されたのでした。


こうしてみると、イギリスの生態系は、1000年以上もの間、人間の活動によって変動させられてきました。

そして、問題が起きても力技でねじ伏せてきました。

生き物が減ったり、増えたり、移動したり。そのコントロールが人間によって行われる。

人間も生態系の一部だからこれも自然の一部だと考えるか、人間は生態系に影響を与えすぎだと考えるか。

どっちがいいんですかね。

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