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借金を記録した結果www

お金とは、借用証書である。

というのが前回の結論でした。

お金に書かれた額面は、金や銀や大麦のような確かな「価値の量」を表しているのではなく、誰かが背負っている「負債の量」を表しているのです。

そのことがよくわかるのが、古代メソポタミアの経済システムであります。

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最古の貨幣

座薬

現時点で最も古いお金の原型は、メソポタミアの遺跡から見つかっています。

それが、これ↓。

おはじきくらいの大きさ

メソポタミアの遺跡からは、この粒が尋常じゃない量出土しています。

はじめ、考古学者たちはこれが何なのか、検討もつきませんでした。

ゲームの駒、お守り、おもちゃ等、様々な説が出ましたが、どうもしっくりこない。

ある考古学者は「どうしても座薬にしか見えない謎の…粘土製遺物が5個出土した。」などと、中ば投げやりに報告しています。

この粒の正体がようやく分かったのは、1969年のこと。

どうやらこの粒は、1対1対応で数を記録しておくための計算道具だったのです。トークンと言います。

そして、それぞれ異なる形によって、大麦や家畜、パン、ビールなどの品目を表していたのです。

例えば、丸十字のトークン3つ=羊3頭、円錐形のトークン5つ=パン5個といった具合です。

収穫を前にして食べ物が無くなってしまった農民なんかは、円錐形のトークンを相手に渡し、余裕のある人からパンを融通してもらうわけです。

このトークンは、中が空洞になった粘土球に入れて保管されました。

粘土球は、一度乾いたら、壊さない限り中を見ることはできません。

そこで、粘土球を閉じて乾かしたり、叩き割ったりする場面には、債務者と債権者の双方が立ち会い、不正を防止したと考えられています。

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貨幣がもたらしたもの

トークンを確認する

かこい
粘土球には、一度封をしてしまうと、壊さない限り中を確認できないという欠点がありました。

そうすると、後から自分がどれだけ貸し借りしているか分からなくなる恐れがあります。

それを防ぐため、やがて粘土球の表面には、中に入っているトークンの数だけ型が押されるようになりました。

トークンはそれぞれ形が異なっているので、例えば、羊3頭(十字)とパン3個(円錐形)、計6個のトークンを収めた粘土球には、「「十十十▽▽▽」という感じで型押しされる事になります。

これで、後からでも球の中身が確認できるようになりました。

トークンは情報

まだ文字のなかった時代にあって、貸し借りの額を記録するこの仕組みは、実に秀逸に機能しました。

しかし、都市が発展して記録の必要性が増えてくると、いちいち粘土粒を形作って、焼いて、保管する、などというという手間がめんどくさくなってきます。場所も取るし。

そんなとき、ある人が気づきます。

表面の型押しがあれば、中身必要なくない?

素晴らしい気づきでした。

トークンの本質は、あくまでも「何の品目がいくつあるか」という情報です。

したがって、トークンそのものを丁寧に保管しておく必要などないのであります。

当事者立会いの元で粘土板に品物と数を型押しして乾かせば、不正の余地はありません。

こうして、トークンは徐々に使われなくなり、型押しした粘土板だけで貸し借りが記録されるようになっていったのです。

本来、後から中身を確認するためのおまけ的存在だった型押しスタンプが、本体であったトークンに取って代わったのでした。

3次元のものを2次元の記号に置き換える。

この瞬間が文字の誕生とする考え方は、現在わりと有力な学説なのであります。

ウルク古拙文字。人類最古の文字

数字の発明

原始時代より、人類は一進法で数を数えていました。

1は1、2は11、3は111、4は1111という具合。子供が指を折って数を数えるのと一緒。

古代メソポタミアでも、はじめは羊5頭に対して5個のトークンを揃えていたし、トークンを使わなくなっても5個のスタンプを押していたので、やはり一進法でした。

しかし、文字の発明から間も無く、古代メソポタミア人は数字をも発明してしまいます。

羊5頭を「十十十十十」とするのではなく、「5十」と書くようになり、事務処理の効率はさらなる高みへと登りました。

数が少ない場合は大差ないかもしれませんが、これが「大麦14万単位」とかだったらどうでしょう。

昔のように一進法でやってたら、粘土板が何枚必要になるか。スタンプを14万回押す労力はどれほどか。ちなみに1秒に1個スタンプを押すとして、38.8時間!

しかし、数字を発明したことにより、粘土板一枚にチャチャッと書けちゃうようになったのです。画期的ですよね。

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メソポタミアの借用証書

メソポタミアからは、何十万枚もの楔形文字が刻まれた粘土板が出土しています。

そして、貸し借りの記録から発展した文字体型であるからして、出土する粘土板には数多くの借用証書が含まれています。

例えば、これ↓。

B.C.17世紀頃のもの。『マネーの進化史』より転載

模様なんだか文字なんだか、素人にはまるで分かりませんね。

ですが、研究者によると、ここには「収穫時にこの粘土板を持参した者に、アミル・ミラは330単位の大麦を払います。」と書かれているとのこと。

粘土板と銀行券

この文言で最も重要なのは、アミルさんが大麦を払う相手を限定していないという点。

すなわち、大麦をもらえるのは、「アミルさんに大麦を貸した人」ではなく、あくまでも「粘土板を持参した人」。粘土板さえ持参すれば、誰でも330単位の大麦をもらえるのです。

ここから言えるのは、この粘土板の借用証書は、第三者に譲渡される可能性を想定してあるということ。

つまり、最初にアミルさんに大麦を貸した人物は、別の取引でこの借用証書を支払いに充てることもできたわけです。

お金の定義は様々ありますので、トークンから粘土板に至るどの段階をお金の成立とするかは難しい問題です。

しかし、この粘土板の使われ方を見る限り、もうこれって完全にお金ではないでしょうか。

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ポンド紙幣の謎

実際、現代のお金(銀行券)は、古代メソポタミアの借用証書と同じ原理で流通しています。

その証拠は、イングランド中央銀行が発行している紙幣。

10ポンド紙幣

この紙幣の上の方に、驚愕の文言が書かれています。

見にくいので拡大してみます。

拡大

「I promise to pay the bearer on demand the sum of TEN Pounds」と書かれているのがお分りいただけるだろうか…。

日本語に訳すと、「(この紙幣を)持参する者には、要求に従って10ポンドを支払うことを約束するよ」って感じ。

古代メソポタミアの借用証書に書かれたのと同じ文言です。

もし、このポンド紙幣がお金なら、古代メソポタミアの借用証書もお金であると、我々は認めなくてはなりません。

金本位制

種明しをすると、このポンド紙幣に書かれた「I promise …」は、金本位制の時代に起源を持ちます。

金本位制、つまり、紙幣をゴールドと交換できることが保証されていた時代。

ゴールドを預けた者に対して、イングランド銀行は預かり証の意味合いで、銀行券を発行していました。

そのため、銀行券にはその額面分のゴールドと交換できるということを明記していたというわけです。

実際、日本が金本位制の時代だった頃も、お札のど真ん中に同じような言葉が明記されています。


この券と引き換えに、金貨10円を渡しますよ。

しかし、なぜ金本位制ではなくなった現代においてもなお、ポンド紙幣にはこの「約束」が明記されているのでしょうか?

単なる名残?伝統?洒落っ気?

その真相を知るためには、ポンド紙幣の発行元であるイングランド中央銀行が設立された経緯を見てみなくてはならないのであります。

参考文献、サイト様
負債論 貨幣と暴力の5000年
21世紀の貨幣論
貨幣の「新」世界史――ハンムラビ法典からビットコインまで
マネーの進化史
歴史の世界 『メソポタミア文明:文字の誕生 前編(ウルク古拙文字)』
シェイブテイル日記『マネーの発明はいつだったのか』
比較情報.com 『学校では教えてくれない「お金の本質」。それは物々交換ではなく、信用取引に始まった』

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