アメリカでは、しょっちゅう銃の乱射事件が起きます。
大小合わせるともう毎年何十件も発生しており、日本人からすると「またか。」以上の感想はありません。
これほどまでに乱射事件が頻発する原因は様々あるとは思いますが、その要因の一つには銃の普及率が高いことが挙げられます。
現在、アメリカ国内に流通している銃は2億7000万挺。人口換算で89%の普及率に上ります。
また、「AK-47」といったアサルトライフルの平均市場価格は500ドル程度。
拳銃になると、100ドルくらいから手に入るそうです。安い!
ハローマックかな?
このように、アメリカでは簡単に銃が手に入る環境が構築されておるわけですが、この状況はけっしてアメリカ国民に支持されているわけではありません。
2013年、ニューヨークタイムスが行った調査によると、なんと過半数の人々が銃規制の強化に賛成しています。
銃規制法に対するアメリカ世論。
そして、これまで何か大きな事件が起こるたび、銃規制の議論が起こり、法案が議会に提出されてきました。
なのに、規制できない。
銃規制を阻むもの
これまで、銃規制法案は何度か審議にかけられてきました。
しかし、そのほとんどが葬り去られるか、骨抜きにされ、銃の規制は進みませんでした。
なぜか?
その最大の理由は、全米ライフル協会(通称:NRA)が強力に反対しているからであります。
スローガンは、「銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ」。一理ある。
NRAは「市民が銃を所持する権利を守る」ための団体なので、銃規制に反対するのは当たり前ではあります。
しかし、なぜ、たかが一つの団体が反対した程度で、国内の治安に関わるような大事な立法が影響を受けるのでしょうか。
そこから見えてくるのが、日本にはない「ロビー活動」という政治スタイルなのです。
ロビー活動とはなんぞや
「ロビー」にいたから「ロビイスト」
ロビーの語源をたどると、かならず出て来るのが、1869-1877年にアメリカ第18代大統領を務めたユリシーズ・グラントという人物です。
Ulysses Grant
グラントはヘビースモーカーだったのですが、彼の奥さんはタバコの煙が大嫌い。
そこで彼は、近くのウィラード・インターコンチネンタル・ホテルのロビーで葉巻を吸うのを習慣にしていました。
Willard InterContinental
この豪華さよ…
この習慣を知った人々は、やがてホテルのロビーで彼を待ち受けて陳情を行うようになり、「ロビー活動」「ロビイング」という言葉が広まったと言われています。
コルト贈賄事件
ま、実際のところ、これ以前から明確に意図されずとも、「ロビー活動」的な事は行われていました。
最初期の大規模ロビイングとして名高いのは、「コルト贈賄事件」。
1854年に、コルト社がリボルバーの特許延長を求めて、大がかりな議員買収を行った事件です。
コルト社が議員たちに提供した見返りは、もちろん「金」と「女」。
そして、一部の議員には純金のリボルバーまで贈っていたとか。
欲しい。
その甲斐あって、無事にコルト社の特許は延長されたわけですが、この一件はすぐにバレ、議会で究明調査委員会まで開かれる大問題となってしまいました。
本当のロビー活動
我々日本人がイメージする「ロビー活動」って、まさにこのコルト社の贈収賄事件のような感じではないでしょうか。
汚いというか、卑怯というか。
イメージ図。
しかし、こういう贈収賄みたいな超単純な手口のロビー活動なんて、もはや遠い昔の話となっています。
まあ裏ではコソコソやってるとは思いますが。
ロビー活動の定義
ウィキペディア先生によると、
とのこと。
要は、政治家に働きかけて、自分が得する法案を作ってもらうとか、自分に不利な法案には反対してもらうとか。
そういう行為が「ロビー活動」なわけですね。
お願いすること
ロビー活動の対象は、金銭的な利益とは限りません。
倫理・思想・宗教的な問題でも、そこに意見の対立がある限り、それはロビー活動の対象となり得ます。
例えば、アメリカでは人工中絶は基本的に合法(一部の州では違法)ですが、宗教的観点からこれに反対する世論は根強くあります。
イケイケの団体になると、中絶医射殺や施設爆破までやっちゃうレベル。
また、銃所持の問題にしても、
NRAの会員たちの「自分の手で、自分と家族を守る」という熱い想いを否定するのは、そう簡単なことではありません。
他にも、「高齢者の生活保障」「大麻合法化の是非」「環境保護のための規制強化」「医療保険制度の是正」「進化論教育の是非」「中東問題」などなど。
特にアメリカでは、人種、世代、宗教、地域といった違いから、無数の意見対立が存在しているのです。
しかし、どちらの側にもそれなりの理があり、いくら議論したって結論は出ません。
例えば。
仮にあなたが熱心なキリスト教徒で、「人工中絶反対!ダメ。ゼッタイ。」という立場だとしたらどうでしょう。
自分の理想とする世界を実現したいと思いませんか?
「中絶禁止法」を実現させたくはありませんか?
しかし、じっと待っていても世の中はなかなか変わってくれません。
そこで、仲間を集めて行動しようぜ!というのが現代の「ロビー活動」なわけですよ。
議員を動かす
相手に何かをしてもらいたい。
そんな時、単純にお願いしてみる、なんてのは悪手。おそらく望んだ成果は望めないでしょう。
「ギブ&テイク」という言葉が表すように、「ギブ」が先にあるべきなのです。
昔の偉い人もこう言っています。
「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。」
老子
「奪わんと欲する者は、先ず与えよ」
ゲーテ
「得ようと思ったら、まず与えよ」
選挙協力
では、我々市民が議員に与えられるものとは何でしょうか。
それは、ズバリ「選挙協力」です。
議員というものは選挙に落ちたらタダの人であるからして、すべての任期中の行動は次の選挙につながっているのであります。
「人工中絶反対」を例に出してみると、
- その議員の地盤では、何%の人々が中絶に反対しているのか。
- その議員の支持者では、何%が中絶に反対しているのか。
- 中絶への反対を表明した時に、失う支持者は何人か。
- 新たに獲得できる支持者はどれくらいか。
- 対抗馬はどちらを主張しているか。
こうした情報を全て独自に分析・データ化して議員に提供し、自分たちに賛同するメリットを理解させます。
さらには、テレビCMや新聞広告を流して世論を形作り、人工中絶の是非を次回選挙の争点にするよう仕向ける。
他にも、中絶反対派にウケる演説原稿を作成してあげたり、政治資金集めのパーティーを開催してあげたり。
また、中絶賛成派の議員に対しては、メンバーを総動員して嘆願書を大量に送りつけたりもします。
こうなってくると、いよいよ議員もこの問題を無視できなくなってくるのです。
全米ライフル協会の実力
ちなみに、冒頭で挙げたNRAの場合。
彼らは、72時間で50万通の嘆願書を用意し、それを銃規制を目論む議員に一斉に送りつけることができます。
また、NRAは各銃器メーカーから強力にバックアップされていますので、資金も潤沢。
有能な分析官や弁護士を多数抱えている上、有名人を広告塔として起用するなどアメリカ国民への「啓蒙」にふんだんに資金を投入しております。
名優チャールトン・ヘストン。1998年から2003年までNRAの会長を務めました。
我らがチャック・ノリスもNRAの名誉会長を務めています。
もちろん政治献金もたっぷり。
なお、今年の初め、銃乱射事件を受けてオバマ大統領が涙を流しながら銃規制法案を発表しました。
しかし、蓋を開けてみれば、その法案の中身はほとんど効果の期待できない腰砕けな代物。
「大統領ですらNRAには勝てない」という事実を再確認しただけに終わりました。
議員を説得する
ロビー活動には、プロのロビイストによる直接ロビイングというのもあります。
アメリカのロビイスト
アメリカでは、ロビイストというのは立派な職業。
ワシントンで正式に登録されているだけでも13,000人。アメリカ全体では30,000人以上ものロビイストがいると言われています。
彼らはそれぞれが、それぞれの得意分野をウリにしています。
金融に強い、環境問題に詳しい、法律の専門家、巨大企業に雇われ豊富な資金力を持つ、オバマ大統領と仲よし、中東やアフリカの有力者とパイプがある、元議員で共和党に顔が効く、ユダヤ系、中国系、etc…。
セックス・スキャンダルで辞任し、ロビイストに転職した元下院議長。
大統領選でブッシュを強力にバックアップした大物ロビイスト。※後日、詐欺で逮捕
各利益団体は、こうした海千山千のロビイストを使い、議員へ直接影響を与えようともします。
ロビイストの仕事
ロビイストにとって一番重要な仕事というのは、議員と常日頃から仲良くなっておくことです。
長年の交際によって「友達」になっているからこそ、いざという時は議員と直接交渉ができるのです。
「ワシントンで最も影響力のある女性」の1人に選ばれた、大物ロビイスト(左)。
なお、アメリカの議員は超多忙なので、スタッフを多く抱え、彼らにかなりの権限を与えています。
法案の作成を全面的に任されるケースもありますので、「友達」になる対象は、議員本人だけではなく、その秘書官や事務員も含みます。
また、アポを取りやすくするため、スケジュール管理のおばちゃんともフレンドリーに接さなくてはなりません。
そして、当然ながら議員から頼りにされなくてはならないので、少なくとも自分の得意分野については専門家並みの知識を持っている必要があります。
なお、説得が実らず議員が言うことを聞かなかった場合も、それを責めたりするのは絶対NG。将来のために良好な関係を築き続けるのが肝心です。
こうした日々の積み重ねが、彼らをロビイストたらしめているのです。
ロビー活動の実態は?
簡単ですが、以上がだいたいのあらましです。
賄賂を贈るのがロビー活動ではありませんし、単純に「お願いしまーす♪」みたいなのもロビー活動ではありません。
むしろ、志を同じくする仲間と力を合わせ、理想の実現に向けてあの手この手で頑張る。
そして、その理想に賛同する人は誰でも参加できる。
けっこうフェアな活動と言えなくもないのではないでしょうか。
こうしたことを踏まえ、次回はもうチョイ具体例について見ていきます。