不朽の名作『レインマン』。
自閉症の兄と利己的な弟の心の触れ合いを描いたロードムービーです。
マジいい映画なんすよ。
この作品では、重度の自閉症を患う兄は、実は物凄く記憶力を持っているという設定。ラスベガスでバカ勝ちするシーンなんかもあります。
この映画の制作にあたっては、専門の医師がミッチリ監修し、さらに自閉症の兄を演じたダスティン・ホフマンも、何人かのサヴァン症候群患者と面会し、気合の入った役作りを行いました。
そういった点から、この作品はサヴァン症候群がどういうものかけっこう正確に表現していますし、サヴァン症候群が広く一般に知られるきっかけの一つとなりました。
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サヴァン症候群の発見
1887年、イギリスの眼科医ジョン・ラングドン・ダウンにより、初めて報告されました。(ダウン医師は、ダウン症候群の名付け親としても知られています。)
膨大な量の書籍を一回読んだだけですべて記憶し、さらにそれをすべて逆から読み上げるという、常軌を逸した記憶力を持った男性を、ダウン医師は「idiot savant(賢い白痴)」と呼びました。
白痴と呼んだ理由は、おそらくは彼の患者が知的障害者、もしくは自閉症患者であった為と考えられますが、白痴(idiot
)が持つ差別的な意味合いから、「サヴァン症候群」という名称が一般に使われるようになりました。
サヴァン症候群患者自体は古くから存在していたはずですが、明確に認識はされていませんでした。たぶん、「馬鹿と天才は紙一重」みたいな認識をされていたのでしょう。
こういうものは、概念が作られた途端、「そういえばうちの患者にも似たような奴がいたな」という具合に、次々と「発見」されるものです。
サヴァン症候群患者の逸話
サヴァン症候群患者の症状(特徴)は、非常に限られた分野において、異常に優れた能力を発揮するというもの。
記憶力、暗算能力に秀でるケースが多く、例えば
- ランダムな日付の曜日を一瞬で言い当てる
- 飛行機や動物を数秒見ただけで、細部まで書き起こす(この場合、飛行機や動物以外のものは常人と変わらなかったりします)
- ぶ厚い本の内容を一言一句間違えずに暗誦する
- 曲を一度聴いただけで、完璧にコピーする
- 素数が直感的にわかる
などなど。
もはや、人間に許された能力の限界を越えています。
こうしたサヴァン症候群患者が見せてくれる能力や芸術は、我々一般人を強く惹きつけてやみません。
というわけで、何人かの有名なサヴァン症候群患者をご紹介しましょう。
リチャード・ワウロ“Richard Wawro
ポーランドの画家、リチャード・ワウロは、3歳の頃、自閉症と診断されました。
11歳になると、彼は白内障により片目を失い、法的に盲目に分類されるほど、視力を失いました。
そんな彼が絵を描き始めたのは6歳の頃。地元の児童館でクレヨンで絵を描き始めるとすぐに、その才能が認められることとなひ、17歳の頃には個展が開かれました。
彼の絵は高い評価を受け、ヨハネ・パウロ2世やサッチャー元英首相などにもコレクションされました。2006年に肺がんで亡くなるまで、1000枚以上の絵を販売しましたといいます。
キム・ピークKim Peek
彼は生まれつき小脳に損傷があり、脳梁(右脳と左脳を繋ぐ神経の束)が欠損していました。
赤い部分が脳梁
そのため、自分でシャツのボタンを留めることも難しく、日常生活は介護が必要でした。
その一方で、脳梁の欠損に伴い神経細胞が特異に接続され、彼の記憶容量は爆発的に向上したと推測されています。
彼は、1冊の本をものの1時間で読破し、その内容を完璧に記憶しました。
少なくとも12,000冊以上の本を暗記していたといいます。
さらに驚くべきことに、右目と左目でそれぞれ別のものを読むことができました。
彼は、冒頭の映画『レインマン』の自閉症の兄のモデルとなった人物でもありました。
スティーブン・ウィルシャー“Stephen Wiltshire”
彼は、一度見ただけで風景を目に焼きつける映像記憶の持ち主です。
建築画家として世界中から人気を集めており、2006年には大英帝国勲章も与えられています。
Central Park 39th floor of Helmsley Park Lane (NY)
Aerial view of Melbourne
View of London from the top of BT Tower
The Globe of New York
アロンゾ・クレモンズAlonzo Clemons
彼は、幼い頃、頭部に深刻な外傷を受けました。結果、知能の発達は遅れ、推定IQは40~50程度しかありません。靴紐も自分で結ぶ事は出来ず、自分一人で食事を取ることもできません。
しかし、彼は同時に、一目見ただけで動物の精密な粘土彫刻を作る能力を得ました。
彼の作る彫刻は、解剖学的にも正確なもので、今では世界でも有数の彫刻家として広く知られています。
ジェイソン・パジェットJason Padgett
大学を中退し、父が経営する家具屋さんで働く中年男。そんなジェイソンは、ある日夜道で強盗に襲われました。
頭部を激しく殴られた彼は、退院して帰宅した時に、世界の見え方が一変していることに気づきます。
彼は、ものを見ると、その形と同時に複雑な図形を知覚するようになったのです。
共感覚という知覚現象があります。例えば文字を見ると色を感じたり、音を聴くと味を感じたり。
ジェイソンの図形を連想するというこの症状も、非常に特殊ではあるものの、共感覚の一つと言えます。
ジェイソンは、周囲から理解を得られない苦しみから、3年間引きこもりました。
しかし、やがて自分の見ている図形を描き、周りに理解してもらう道を選びました。
彼が知覚していた図形は、「フラクタル」。複雑過ぎるので、コンピューターでしか描画できないはずのものでした。
彼が「フラクタル」を描くようになって1年後、彼の元に数学者が訪れ数学を学ぶよう強く勧めました。
その時始めて、ジェイソンは自分が描いているものは、この世で自分一人しか描けない図形だったと知りました。
二重スリット実験
πの力
サインコサインタンジェント
サヴァン症候群の原因
上に挙げた事例はごくごく一部ですが、実際なぜこんな力を持つようになるかというと、それがあんまりハッキリしていないようです。
サヴァン症候群患者についてハッキリしているのは、次のこと。
- 自閉症患者の10人に1人
- 脳損傷患者あるいは知的障害者の2000人に1人
- サヴァン症候群患者7人のうち6人が男性
- サヴァン症候群患者の半数は自閉症患者
脳損傷患者に、後天的にサヴァン症候群の症状が出るケースもあるため、脳ミソの一部が損傷した場合に、それを補おうと周りの脳組織が変形・再構築された事に起因するという説が有力です。
特に、左脳が損傷した場合に発現しやすいとの事。
ただ、サヴァン症候群が引き起こす能力は様々で、全てのサヴァン症候群が同じ病気なのかも微妙なところのようです。
また、サヴァン症候群は必ず知的障害や自閉症を伴うわけではなく、通常の知的水準や社会性を持つケースもあります。
この辺は、脳の損傷した場所やその度合いによって千差万別ということなのでしょう。
サヴァン症候群への憧れ
サヴァン症候群自体は超常的な現象ではなく、人間の脳が持つ可能性の一つなわけです。なので、いつかそのメカニズムさえ解析できれば、利用することも可能ですよね。
現に、後天的にサヴァン症候群を発現した事例もあるわけですし。
実際、脳に人工的に軽い電気刺激を与えて、この秘められた能力を開花させようというような研究も進められているようです。
サヴァン症候群患者が持つ能力が、必ずしも本人を幸せにするとは限りません。が、彼らの優しげな表情を見ると、サヴァン症候群の研究は人類をいい方向に進めていきそうだなーなんて、なんとなく思ったりもします。