知ってます?
けっこう笑えるこの事件、とりあえず概要を。
偽エチオピア皇帝事件
事件が起きたのは1910年2月7日。
イギリスのウェイマスという軍港での事です。
その日はイギリス海軍の艦隊が演習中で、かの戦艦ドレッドノートもその中にました。
超ド級のドはドレッドノートのド
演習を指揮していたイギリス艦隊司令長官ウィリアム・メイの元に、ある電報が入りました。
本日の午後2時にエチオピア皇帝とその家族が艦隊の見学をするので、丁重に出迎えるべし
メイは急な電報に首を傾げはしましたが、皇帝が来るとあってはだらしない姿は見せられません。大急ぎで乗組員に通達をし、出迎えの準備に取り掛かりました。
エチオピア皇帝到着
当時、イギリス人の多くはエチオピアの事など何も知らなかったので、乗組員達は一体どんな人達なのだろうかとワクワクしながら待っていました。
そして午後二時。
ついにエチオピア皇帝を乗せたお召し列車がウェイマス港に到着。
駅は、海軍による歓迎と野次馬で集まった民衆、そしてそれを抑える警官でごった返していました。
そんな中、列車から降り立ったのは、エチオピア皇帝、皇女、召使が二人に通訳とイギリスの外務官の計6人でした。
メイは6人を案内し、様々な最新の軍事兵器やイギリス海軍の武功を語り、その度にエチオピア皇帝は「ブンガブンガ!」と感心したご様子。
通訳は、「ブンガブンガとは大変素晴らしいという意味だ」と告げると、メイを始めとしたイギリス海軍兵士は皇帝が喜んでくれていると思い、舞い上がってしまいます。
また、晩餐に誘うと、皇帝はこれを丁重に断り、軍艦の中を見学させて欲しいと言いました。
メイが軍艦内部を案内すると、そこでも皇帝は「ブンガブンガ!」を連発。軍艦一隻をイギリスから購入する事を約束します。
最後に、イギリス海軍は歓迎の印としてエチオピア国歌を演奏しようとしましたが、間違ってザンジバル国歌を演奏してしまうという致命的なミスを犯します。
が、これにも皇帝は「ブンガブンガ!」といって喜び、かくして歓迎式典は無事に終わりました。
事の真相
もう予想はついていると思いますが、実はこのエチオピア皇帝一行は、本物のエチオピア皇帝ではありませんでした。
というか、エチオピア人ですらなく、イギリスの大学に通うただの大学生だったという…。
偽皇帝一味のうち外務官に成りすましていたのは、ホレース・コールという男。
彼は、当時イギリスでは知らないものはいないと言われた、悪戯王コール、その人でした。
彼はこの計画の発案者であり、資金提供者でもありました。
大金をこの悪戯に投入した彼らは、特製のお召し列車を、自前で用意しました。
さらに、入念なメイクアップで浅黒い肌と長いヒゲを着け、カラフルでいかにも異国風で豪華な衣装や小物も自前で用意しました。
といっても、見る人が見ればすぐ偽物とわかるような、ちゃちな仮装でした。食事を断ったのも、メイクが取れちゃうからです。
一番右が主犯の悪戯王コール
また、さすがにエチオピア語を習得する時間は無かったので、彼らが話している言葉はラテン語であったり、スワヒリ語のカードを渡すなど、けっこう適当でした。
「ブンガブンガ!」も当然彼らの造語。
そんなわけで、海軍に一人でもエチオピアの事を知っている者がいれば騙される事はなかったでしょう。
しかし、用意周到なコールは、当日その軍港にはエチオピアに詳しい者が不在である事も、当然調査済みです。
翌日、コールらは新聞社に事の真相を写真付きで送りつけ、伝統の英国海軍は前代未聞の赤っ恥をかいてしまう事となりました。
ネットのごく一部では、この事件をQ.E.K等と呼んだりもしているようです。
「急に」
「エチオピア皇帝が」
「来たので」
悪戯王 ホレース・コール
コールはイギリス首相チェンバレンの甥にあたる、いわゆる名家のおぼっちゃまでした。
彼は、金と時間と自分の地位に物を言わせた悪戯を働き続けていたのです。
他にも、タンザニアの王を名乗り大学を訪問したり、工事現場の作業員に責任者を名乗り、まるで違った場所に大きな穴を開けさせたりと、挙げればキリがありません。
つまり、この事件も当時のイギリス人にとっては、「コールがまたやった!」という事であり、「次の標的は自分になるんじゃないか」と怯える者もいれば、「次はどんな悪戯をするんだろう」と期待する者もいるという感じでした。
要するに、彼は一流のエンターテイナーという評価がピッタリでしょう。
事実、恥をかかされた海軍をイギリス市民は大笑いしましたし、「ブンガブンガ!」は瞬く間に流行語となりました。
第一次世界大戦でドレッドノートがドイツの潜水艦U-29を撃沈した際にも、「ブンガブンガ!」という祝電が送られていますw
晩年
そんな彼も、晩年はフランスで貧しい暮らしをしていました。
とはいえ、有名人だった彼は、「今まで自分が行った悪戯をまとめた本を執筆している」と、あちこちで吹聴していました。
彼が心臓発作で亡くなった後、新聞社や出版社の人間は彼の原稿を部屋中引っ掻き回して探し回りましたが、サッパリ見つかりません。
それもそのはず。彼は少しもそんなものは執筆していないわけで、そんなものは出てくるはずがありません。
死ぬ間際まで悪戯を仕掛けていた、ホレース・コール。
最後まで自分の心に素直に生きるその姿は、ある意味素晴らしいものです。
ブンガブンガ!