「スイスの500年の平和と民主主義は何をもたらした? 鳩時計だよ」
という有名なセリフがあります。
実際、テレビやインターネットや電子レンジ等々、軍事用技術からの転用は、我々の生活を進歩させてきました。
こないだのブービートラップもそうですが、軍事技術は知恵の結晶です。
圧政や戦争により命が危険に晒されると、人間はものすごく必死に色々考えるのでしょう。
今回は、そんな軍事技術の一つである細菌兵器について調べてみました。
モンゴルの場合
1346年、モンゴルのキプチャク・ハン国は、中央アジアに位置するカッファという街を、皇帝自ら圧倒的な軍勢をもって包囲し、攻めました。
皇帝ジャーニー・ベク
しかし、カッファは黒海に面しており、イタリアからの支援を受けながら果敢に応戦。
さらに、当時中央アジアでは致死率の高い風土病が流行しており、キプチャク・ハン国軍の兵にも感染者が出始めます。
戦局の膠着に加えて風土病の流行で、士気の低下は深刻なものになり、撤退を余儀無くされます。
怒りに震える皇帝は、撤退の際にある呪いをかけました。それは、
風土病で死んだ味方の死体をカッファの街に投射する
というものでした。
この呪いの効果は凄まじく、カッファの街は風土病に覆われ、市民の半分が命を落としたと言われています。
生き残った市民は、命からがらイタリアへ逃げ延びましたが、この風土病も一緒に連れて行ってしまいます。
この風土病は後に黒死病(=ペスト)と呼ばれ、ヨーロッパ全土を恐怖のドン底に叩き落します。
イギリスの場合
1763年、アメリカにおいて、インディアンが侵略者であるイギリスに対して戦いを挑みました。
インディアンの猛攻は凄まじく、インディアン側の戦死者200人に対し、イギリス側は民間人を含めて2000人以上の死者を出しました。
こういった劣勢の中で、イギリスは畜生の本領を発揮します。
以下、イギリス側のやり取り。
この際、敵を弱らせるために我々の力の及ぶあらゆる戦術を使うしかない。」
「何枚かの毛布に菌を植え付け、敵の手に入るようにしてみる。
もちろん自分には移らないように気をつける。」
「毛布という手段でインディアンに菌を移すというのはうまく行くだろう。
他にもこの忌まわしい部族を根絶やしできる手段なら何でも使うといい。」
実際には、インディアン達は既に入植者から天然痘を移されており、甚大な被害が出ていました。
従って、毛布作戦自体の効果はさほどありませんでしたが、ウイルスを兵器として使う明確な意図が記録として残っている点は重要です。
最古の生物兵器
ちなみに、記録に残る最古の生物兵器は、紀元前6世紀のもの。
古代アッシリア人が敵の井戸に麦角菌という麦に寄生する菌(精神錯乱や手足の壊死を引き起こす)を投げ入れたものです。
また紀元前4世紀頃、かの大英雄アレキサンダー大王も、敵に疫病感染者の死体を敵に弩で投射したと伝えられています。
英雄アレキサンダー大王
キプチャク・ハン国の事例の遥か前に、この作戦を実行していたのは実に驚くべき事です。
というか、そもそも微生物の発見は1674年の事です。
オランダ商人が趣味として自作の顕微鏡で川の水を観察していて、なんか小さいのが動いているのを見つけた事から、微生物の研究が始まりました。
その遥か遥か昔に、既に経験則を元に、戦争に細菌を利用していたわけですね。
現代の生物兵器
大きく技術が発達した現在でも、実はあんまり根本的な所は変わっていません。
結局のところ、生物兵器への対策は、その細菌(またはウイルス)に対する抗体を持っているかどうかという点だけです。
よく危険性を指摘されるのが、天然痘。
1980年5月8日に、天然痘ウイルスは自然界から消滅しました。
人類が唯一根絶に成功したウイルスですが、逆の見方をすると、もはや誰も天然痘に対する抗体をもっておらず、ワクチンもわずかな量しか保有されていません。
もし天然痘が悪意ある人間によりばら撒かれたら、甚大な被害が出るのは確実です。
また、遺伝子組み換え技術による新しいウイルスの開発も、技術的に可能です。世界中の全ての研究室を監視する事は不可能であり、いつ新しいウイルスが世に出てきてもおかしくない状況です。
現在では、対策として生物兵器禁止条約が各国で結ばれています。この条約には176カ国が調印しておりますが、幾つかの国はこの条約に調印していません。
その一つがイスラエルです。
生物兵器禁止条約に縛られないイスラエルは、生物兵器を開発している可能性が高いと言われています。
なにやら陰謀の匂いがしますが、、、。