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最後の魔女のエピソード

スコットランドにヘレン・ダンカンという主婦がいました。

ぱっと見普通のおばさんですが、実はこの人、霊媒師として大変高名な女性でした。

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魔法行為禁止法

イギリスには、1951年まで「魔法行為禁止法」なる法律がありました。

これは文字通り、魔法や妖術を使っちゃいかんというもの。

元々は17世紀初頭に制定された「魔女対策法」という魔女狩りのための法律を引き継いで1735年に制定されたものでした。

といっても、時代が進むと魔法を信じる人はいなくなっていきますので、魔法行為禁止法は形骸化したものでした。

ヘレン・ダンカンは、この魔法行為禁止法で裁かれた最後の「魔女」でした。

彼女の生涯を見ると、とてもインチキとは思えない逸話に溢れています。

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ヘレン・ダンカンの霊能力

ヘレン・ダンカンは、1897年、家具職人の娘としてスコットランドに生を受けました。

彼女には幼い頃から霊能力があったとされていて、特にエクトプラズム現象が得意でした。

彼女は口や鼻、下腹部から出したエクトプラズムて霊の姿を形作り、交霊会に参加した人々の親戚の霊を呼び出し、実際に会話をしたり手を触れたりも出来たと言われています。

こうした強い霊媒能力は、ヘレンの名声を高める一方で、警察当局からの警戒を招きます。

1933年、ヘレンは警察の囮捜査で、交霊会を装った詐欺行為を行ったと告発され、10ポンドの罰金刑に課せれます。

しかし彼女は交霊会を辞めませんでした。自分が正しい事をしているという信念に基づいていたからでしょう。

第二次世界大戦中の1941年、ヘレンはポーツマスで交霊会を開催します。その中で、船乗りの霊を降霊し、バーラムという戦艦が沈没した事を言い当てます。

しかし、この時点でバーラム号の沈没はまだ一般に公表されておらず、彼女は以後海軍からも警戒されることとなります。

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逮捕、投獄

1944年間、ヘレンはまたも交霊会の最中、警察に踏み込まれ、逮捕されます。

この逮捕は、ヘレンの霊能力により、当時極秘に進められていたノルマンディー上陸作戦が漏洩するのを恐れた海軍による冤罪だと言われています。

実際の裁判では、交霊会がインチキかどうかが争点となりました。

特に、彼女が出すエクトプラズムはチーズクロスに顔を貼っただけのトリックではないかとの疑いを掛けられていました。

チーズを作る時に使われるガーゼ状の布

この裁判には、41人もの証人がヘレンの為に証言しました。

エクトプラズムが布ではないかと尋ねられた証人の一人は、馬鹿にするなと言わんばかりに、

エクトプラズムを布と間違えるのは子供くらいのものだ。

と、証言しています。

ヘレン達は、実際に法廷で交霊会を行えば、この冤罪は晴れると考えていました。

しかし、法廷での交霊会の実演は却下され、ほぼ一方的に彼女は「魔法行為禁止法」により有罪。禁固9ヶ月となりました。

この報せを聞いた当時の首相チャーチルは激怒し、わざわざヘレンに面会し、「魔法行為禁止法」の撤廃等を約束して彼女を慰めたと伝えられています。

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ヘレンの死

二度と交霊会を行わないという約束の上で釈放されたヘレンでしたが、周囲の強い希望により、霊媒活動を再開します。

そして、1955年、交霊会でヘレンがエクトプラズムを出している最中、警察官がまたも急襲しました。

ヘレンのインチキを暴こうとした警察の暴挙でしたが、結局インチキの証拠は一つも見つけられませんでした。

そして、入神中にショックを受けたヘレンは、意識不明に陥り、5週間後に亡くなりました。

ヘレン・ダンカンが行った交霊会は、何点かの写真が残っており、今でもその様子を窺い知る事が出来ます。

いくつかの写真を以下にご紹介して、この偉大な霊能者への追悼としたいと思います。

・・・。

どう見てもチーズクロスです。本当にありがとうございました。

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