常識的に、旧約聖書の舞台はパレスチナだとされています。
聖書考古学者は、旧約聖書で描かれたイスラエル人の歴史を裏付けるため、パレスチナを熱心に発掘し続けてきました。
しかし前回見た通り、その発掘成果は哀しい…あまりに哀しいものでした。
パレスチナ説の根拠
説というより大前提みたいな扱いですが、そもそもなぜ旧約聖書の舞台はパレスチナだと考えられているのでしょうか。
それには大きく2つの理由があります。
遺跡がある
誰のものかは分からないけど、とにかく一応遺跡があることはある。
特に、メギド、ハツォル、ベエル・シェバという3つの代表的な遺跡は、「聖書ゆかりの遺丘群」などと銘打たれ、ちゃっかり世界遺産にも登録されています。
メギド
ハツォル
ベエル・シェバ
しかし実際には、この中のどれ一つとして、旧約聖書との関連性は証明されたものはありません。
にも関わらず「聖書ゆかりの遺丘群」と認定されているのは、
・旧約聖書に登場する地名と似てる
・旧約聖書時代の遺跡
というたった2つの理由から。なんとも薄い根拠であります。
「嘆きの壁」に代表されるヘロデ神殿の遺跡は、明らかにイスラエル人が残したと言える遺跡です。
ヘロデ神殿の復元図(想像)
ただ、この神殿だって、B.C.20年に建てられたものであって、決して旧約聖書の時代(B.C.21世紀~B.C.6世紀)のものではないのです。
ヘブライ文字
で、もう一つの根拠がこちら。
パレスチナ各所の遺跡から古ヘブライ語が書かれた土器がいくつも発見されているという事実。
こんな感じのやつ
土器に書かれた内容はまだ全て解読されたわけではありません。また、旧約聖書の記述を裏付ける内容のものも見つかっていません。
しかし、確かに聖書時代の遺跡から出土した土器に、古ヘブライ文字が書かれている。
であるからして当然に、「古ヘブライ語を使用していたのは古代イスラエル人なんだから、パレスチナには古くからイスラエル人が住んでいたんでしょ」と考えることができます。一分の隙もない理屈。
かくして、パレスチナにイスラエル人が住んでいたことは証明されたのであります。
…と言いたいところですが、この「古ヘブライ語が書かれている」という部分には、実は重大な疑惑が存在しているのであります。
古ヘブライ語とはなんぞや
古ヘブライ語というのは、要は古代のイスラエル人が使用していた言葉。
古ヘブライ語は「聖書ヘブライ語」などとも呼ばれ、B.C.10世紀くらいからパレスチナで使用され始め、旧約聖書の大半もこの文字で書かれたとされています。
古ヘブライ語になるまで
古ヘブライ語で使われている文字の大元は、エジプトのヒエログリフ(象形文字)と言われています。
ヒエログリフ
このヒエログリフが中東に伝わり、パレスチナらへんでは原カナン文字が成立しました。
原カナン文字
これがさらに変化し、フェニキア文字というものが誕生しました。
フェニキア語のアルファベット一覧
このフェニキア文字は、かつて地中海沿岸で栄えたフェニキア人が使用していた文字。22の子音で構成されていて、書くときはggrks方式が取られます。
この文字がやがて古ヘブライ語へと変化していったとされています。
ちなみにギリシャ語やアラビア語も、このフェニキア語から変化していったもの。かなり重要な言語であります。
文字の変化の流れ
残念ながら、古ヘブライ語はイスラエルの衰退とともに使用者が激減し、B.C.5世紀くらいにはもう誰も読めないレベルだったと言われています。
フェニキア人?
古ヘブライ語の話に入る前に、あまり耳慣れない「フェニキア」というワードについての説明をちょっと。
B.C.15〜8世紀の地中海世界には、フェニキア人という民族がいました。
ギリシャの大歴史家ヘロドトスによると、
ヘロドトス『歴史』
彼らは紅海沿岸部からパレスチナに移住。イスラエルのちょっと北に本拠地を置いた後、地中海貿易で繁栄を極めました。商才はすごかったみたいですね。
フェニキア人の全盛期の縄張り
しかしそんなフェニキア人も、B.C.8世紀頃からアッシリア等の大国に攻められ、その勢力は一気に縮小し、やがては滅亡してしまいます。
ただ、彼らが商売を通して地中海の各地に伝えたフェニキア文字は、ギリシャ語やアラビア語はと姿を変え、今も残っているのであります。
古ヘブライ語は実在するか
イスラエル人が使ったとされている古ヘブライ文字は、そんなフェニキア文字から枝分かれした文字。
古ヘブライ語のアルファベット一覧
フェニキア語と似てはいるけど別の言語のはず…ですが…、なんかこれ…。
ここで、上にあったフェニキア文字と古ヘブライ文字を見比べてみて下さい。
フェニキア語のアルファベット一覧
てゆーかこれ、同じ文字やんけ!!
多少、角度とか違ってますけど、筆跡の違いで済ませられるレベル。はっきり言ってこれ、素人には区別つきませんし学者様だって区別ついてません。
疑い深い方のために、別のサンプルを。
上が古ヘブライ文字。下がフェニキア文字。
うーむ。やっぱりほとんど違いがありません。
ここにきて、ある重大な疑惑が頭をもたげます。
それは、「そもそも「古ヘブライ語」などという言語は無かったのではないか」という疑惑。
同じフェニキア文字でも、イスラエル周辺で発見されたら「古ヘブライ文字」、それ以外なら「フェニキア文字」と、勝手に区別しているだけではないのか。
そう疑ってしまうほど、フェニキア文字と古ヘブライ文字には違いがありません。
フェニキア人とイスラエル人
っていうか、もし仮に「古ヘブライ語」などという言葉は無く、それは単に「フェニキア語」でしかないのだとすれば…。
だとすれば、「イスラエルの民」と「フェニキア人」にも、同じことが言えるような気が…。
参考文献、サイト様
・聖書アラビア起源説
・ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか
・発掘された聖書―最新の考古学が明かす聖書の真実
・聖書考古学 – 遺跡が語る史実 (中公新書)
・ Wikipedia「原シナイ文字から派生した文字体系」
・ Oldest Hebrew and Samaritan Script and Language were nothing but Phoenician
・オルタナティブを考えるブログ