知能犯罪の代表格、詐欺。
暴力を使うことなく行われる詐欺事件の話を聞くと、犯罪への怒りもあるとは思いますが、反面、その発想や行動力、技術に感心してしまう方も多いと思います。
詐欺は今も昔も世界中にあって、その手口も膨大な種類になります。
今回は、その一端を少し紹介してみたいと思います。
詐欺の基本
「スペインの囚人」という言葉をご存知でしょうか?
これは、1588年のイギリスであった、最も古典的な詐欺の一つです。
その手口はいたってシンプル。
詐欺師はカモに向かってこう言います。
これは極秘事項なのですが、その大富豪は、現在、スペイン国王フェリペ2世によって、人違いで投獄されています。
あなたは私が独自に調査した結果、とても誠実で信頼できる人物という評判でしたので、この話を持ちかけました。
彼を解放するためには、その潔白を証明しなくてはなりませんが、相当の費用がかかります。あなたに是非その費用の一部を援助してもらいたい。
大富豪は、解放された暁には気前良く謝礼を払うと言っています。最初に使ったお金は何倍にもなって返ってきますよ。
管理人の文章力の無さも相まって、ただならぬ嘘臭さになっていますね。
しかし、この手口は当時のイギリスでかなりの猛威を振るったようです。
この手口のキモは、3つ。
一つは、この話が極秘事項だと強調すること。
そうして、囚人が存在しない事実を隠します。
さらにカモは、「こんな秘密を教えてくれるなんていい人だ」などと思い込んだり、秘密を共有している自分と詐欺師が深い関係にあるかのような錯覚を起こします。
二つ目は、カモを選んだ理由が、誠実で親切で信頼できる人物だからという事を強調する事。
人は褒められるとその期待に応えようとする心理が働きます。誠実で親切な人間という期待に応えたいと思ってしまうのです。
三つ目は、社会的背景です。
当時のイギリスとスペインは英西戦争の真っ只中。イギリス人は皆アンチフェリペ2世でした。
そんなイギリス人に、大義名分を与え、お金を出しやすくしてあげたというわけです。
この「スペインの囚人」の手口は、全ての詐欺の基本です。
②金を出す理由をカモに与える
詐欺の手口の多くは、基本的にこの2つの要素の変形となります。そして、古今東西の詐欺師は、この2つの成功率向上に腐心してきたのです。
偽札印刷機詐欺
ビクター・ラスティグという天才詐欺師が行った手口の一つ。
天才詐欺師ビクター・ラスティグ
ラスティグは、100ドル札を無限に刷れるという謳い文句の印刷機ニューヨークで売りまくりました。
ラスティグは、実際に本物と見分けがつかない精巧な100ドル札を印刷してみせます。カモはすっかり信じ、この機械を3万ドルで購入します。
この夢の機械の欠点は、1枚あたり6時間かかる点でしたが、12時間後には、さらに2枚の100ドル札が出てきて、ホクホク顏のカモ。
しかし、それ以降白い紙しか出てこなくなり、カモはやっと騙されたことに気づきます。
この機械のオチは、単に100ドル札が3枚仕込まれていただけだったという話。
人は自分の目で見たものは信じやすいのがよく分かります。
ブラックマネー詐欺
この黒い加工を除去する為には高価な薬品が必要なため、その購入資金を融資して欲しい。融資してくれれば、裏金の何割かをバックする。
ストーリーの構造は、スペインの囚人と変わりませんね。
要は、より大きな報酬をチラつかせて金を引き出すわけです。ですが、流石にこんなストーリーだけで騙せるわけはありません。
ところが詐欺師は、黒い加工の除去を実演すると言います。そして黒い紙を薬品に浸すと、みるみるうちに黒い塗装が取れ、お札が現れます。
この手口を知らない人は、この物的証拠を目の当たりにしてコロッと騙されます。他の黒い紙が単なる画用紙だとも知らずに…。
M資金詐欺
「M資金」とは、GHQが占領下の日本で接収した財産などを基に、現在も極秘に運用されていると噂される秘密資金の事です。
M資金のMは、GHQ経済科学局 の第2代局長マーカット少佐の頭文字と言われています。
M資金詐欺は、経営者や実業家等の社会的地位のある人々がターゲットになるという特徴があります。
全日空、大日本インキ(現DIC)、日産自動車、日軽金などなど、そうそうたる大企業の幹部も騙されており、田宮二郎という俳優に至っては騙された結果猟銃自殺をしてしまいました。
これまで、M資金の存在が確認された事は一度もありません。
しかし、終戦直前に大日本帝国軍が東京湾海底に大量の貴金属(金1,200本・プラチナ300本・銀5000トン)を隠していたのを、GHQが発見したとかいうニュースがあったりして、「M資金、あるかも…」と人々が信じやすい下地はありました。
また、財務省内部で使用される封筒や便箋、偽造の「国債還付金残高確認証」などの小道具を駆使したり、財務省庁舎内で面会したりと、詐欺師はあの手この手で信ぴょう性を積み上げていきます。
また、M資金も極秘事項なので、例の「秘密の共有」的な心理トリックも使われます。
この手の詐欺は、世間に知られてしまうと使えませんので、忘れられた頃に復活します。
直近では2013年にM資金詐欺にあった人もいるようです。
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3389
ナイジェリアの手紙
こんな内容の国際郵便が、突然カモの元に届きます。
差出人の多くはナイジェリア人の為、「ナイジェリアの手紙」と呼ばれます。
手紙によると、差出人は、ナイジェリア政府の元高官。賄賂や着服で蓄えた莫大な裏金を資金洗浄する為に、一時的に口座を貸して欲しいとの事。
さらに、それなりの額の送金手数料を貸してくれれば、資金洗浄後にたっぷりお礼をするという。
「アフリカならこんな事もあるかも…。」
なんて思ってしまうオメデタイ人が、世の中にはいるのです。
当然、手数料を振り込み、口座を伝えると、パッタリと連絡が途絶えます。そして、自分の口座に不正アクセスされ、預金を巻き上げられてしまいます。
でもこれはまだマシな方。中にはナイジェリアまで持って来させてそのまま誘拐されるケースなんかもあったようです。
最近は手紙ではなくEメールが主流となってますが、今でもこの類のスパムメールは発信され続けています。
発信者は、ナイジェリアの王子、石油会社の幹部、軍の高官などバリエーションは豊かです。
日本でも一時期似たような構成のスパムメールがよく送られていましたね。
最も有名なスパムは、
いきなりのメール失礼します。
久光さやか、29歳の未亡人です。
お互いのニーズに合致しそうだと思い、連絡してみました。
自分のことを少し語ります。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのがとても悔やまれます。
主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。
主人の残した財産は莫大な額です。
つまり、謝礼は幾らでも出きますので、私の性欲を満たして欲しいのです。
お返事を頂けましたら、もっと詳しい話をしたいと考えています。連絡、待っていますね。
なお、「ナイジェリアの手紙」の手口は、今ではもうあまりに有名過ぎて、色々なネタになっています。
419EATERというサイトがその一つ。
ナイジェリアの手紙の差出人に対して、
「~してくれないと信用できない」
「~したらお金を払う」
等と騙されているフリをしながら、うまくネタ写真を送らせて、その芸術性を競うサイトです。
生魚を頭に乗せる、牛乳を頭からかける、女装、木彫りのニンテンドー64、トイレ自転車などなど、様々なプロジェクトが今も進行中です。
また、「ナイジェリアの手紙」は、2005年にはなんとイグノーベル文学賞も受賞しています。
イグノーベル賞は、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して送られる賞です。アカデミー賞に対するラズベリー賞みたいなものですね。
大胆な短編シリーズを創作して電子メールで数百万人の読者に配信し、豊かな個性の登場人物の数々を紹介した事に対して。
ただ、「ナイジェリアの手紙」はこうしてネタにされてはいますが、何気に革命的な手口だということを忘れてはいけません。
何が凄いかというと、本格的に詐欺に入る前に、ターゲットがカモかどうかをフィルタリング出来る仕組みになっている事です。
従来の詐欺は、事前にターゲットを調査して、騙せそうな相手か判断します。そして、詐欺に入ってからも詐欺師は自分の持つ様々なスキルを駆使して相手をハメていきます。相手に詐欺と見抜かれるリスクもそれなりにあります。
一方、「ナイジェリアの手紙」の場合、99.9%の人は騙されません。しかし、返事をしちゃう残りの0.1%は、騙されやすいカモに決まってます。
つまり、詐欺に入る前に、既に高い成功率を期待できるカモが抽出されているわけですね。
詐欺の手口の発展
日本でも、最近の詐欺の主流は、被害者と顔を合わせない「特殊詐欺」と呼ばれる振り込め詐欺系が主流です。
特殊詐欺とは、オレオレ詐欺や、架空請求、ギャンブル必勝法販売といった、メールや電話で相手を騙す手口。「ナイジェリアの手紙」の様々なバリエーションの総称と言えます。
こういった特殊詐欺は、電話一本で相手を騙すわけで、一見凄そうに見えますが、実は詐欺スキル的には昔ながらの詐欺よりハードルが低いです。
前述の通り、まず詐欺を行う相手は、メール、電話に反応しちゃうカモです。この時点で、騙すのはかなり楽になります。
さらに、電話かメールでのコンタクトしか取らないので、外見で余計な印象を与えなくて済みます。どんな悪人顔でも挙動不審でも軽そうでも貧乏そうでも関係ありません。
15世紀頃まで、イギリスの毛織物業は、糸を紡ぎ、その糸を染め、布に織るという工程を熟練した職人が一人で行なっていました。
この方式は、効率が良くない上、熟練した職人を養成するのが大変でした。大量生産したくても、職人がなかなか集まらないのです。そこで、工場制手工業という新たな生産体制が確立されていきました。
工場制手工業では、ある人はひたすら糸を紡ぎ、別の人はひたすら糸を染めて、というように分業体制を敷きます。こうすると、各工程の技術だけを習得すればよく、簡単に大量の職人を育てる事が出来ますね。
こうして世界の産業は工場制手工業に移行し、飛躍的にその生産量を増やしました。
詐欺についても、500年遅れて同じような発展を遂げているのかもしれません。
①手口を思いつく
↓
②騙す為の準備をする
↓
③ターゲットを探す
↓
④ターゲットに接触する
↓
⑤騙す
昔の詐欺師は、これを丁寧に手作業でやってきました。
しかし、電話やメールの発達はこの図式をガラリとかえました。
まず、③④は誰でも手当たり次第にやればできちゃう時代になりました。
⑤についても、カモの抽出と、声や文章だけで相手とコミュニケーションが取れるようになったため、騙す為の必要スキルは格段に軽減されました。
つまり、詐欺師がやらなければいけないのは①②だけ。③~⑤は、工場制手工業のように、人を使ってやらせれば良いのですね。
そこにあるのは、効率化という思想です。
だとすると、これまでの職人芸的な、魅力のある詐欺師は今後出てこないのかもしれません。
野次馬根性たっぷりの管理人的にはちょっとさみしい時代です。