パレスチナでは何も見つかっていない

最初にちょっとおさらいになりますが、旧約聖書にはだいたい次のような歴史が書かれています。

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超適当な年表

B.C.2100年

メソポタミアの遊牧民アブラハムが、神の指示でパレスチナに移住。

B.C.1700年

アブラハムの孫たちがパレスチナからエジプトに移住するが、やがて奴隷に。

B.C.1280年

モーセに率いられてエジプト脱出。

B.C.1220年

モーセの後継者ヨシュアが、パレスチナに攻め込み、次々に敵を倒す。

B.C.1021年

統一イスラエル王国を建国。

ダビデ王、ソロモン王が優秀で、栄華を極める。

B.C.922年

ソロモンが死に、内紛発生。

イスラエル王国とユダ王国に分裂。

B.C.722年

アッシリアに攻められてイスラエル王国滅亡。

B.C.587年

バビロニアに攻められてユダ王国滅亡。

バビロンに強制移住※バビロン捕囚

B.C.539年

バビロニアがペルシャに滅ぼされ、自由の身になる。

一部のイスラエル人はエルサレムに帰る。

B.C.333年

その後は、マケドニア→プトレマイオス朝エジプト→セレウコス朝シリアに、順番に支配される。
でも頑張ってエルサレムでの自治を勝ち取る。

B.C.143年

一瞬独立する。

B.C.63年

ローマに支配される。

この流れをなんとなく踏まえた上で、まあ読んでみてください。

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証拠

まず大前提として、大昔(だいたいB.C.10〜6世紀らへん)に、中東のどこかに「ユダ王国」と「イスラエル王国」が存在したことは、ほぼ間違いのない事実であります。

残念ながら、その前の「統一イスラエル王国」に関しては、旧約聖書以外のソースがありません。

しかし、「ユダ王国」と「イスラエル王国」に関しては、わりとソースが豊富。

例えば、アッシリアの碑文にはイスラエルの王様が何人も登場し、その内容も旧約聖書の記述に対応しています。

black_obelisk

アッシリア王に土下座するイスラエル王

また、エジプトのシシャク王は、B.C.10世紀の終わり頃にユダ王国へ軍事遠征を行い、その戦果を石碑に残しています。こちらも旧約聖書と符合しています。

shoshenq_stele

シシャク王の遠征先リスト

というわけで、「ユダ王国」と「イスラエル王国」は、ほぼ間違いなくあったのであります。

文献的に、ユダ王国とイスラエル王国の存在は確認できる。

そうなると、その実物をなんとしても発掘したくなるのが人情というもの。

じゃあどこを掘るかということになるわけですが、これはもうパレスチナしかあり得ない。

イスラエル王国はパレスチナにあった、そんなの大昔から常識でした。

map-palestine

ここ。紛争が絶えないあの地域。

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哀しい発掘成果

こうして、「統一イスラエル王国の遺跡を発見できるかも(o´艸`)」なんて期待しつつ、19世紀の中頃から発掘調査が盛んに行われるようになりました。

ですが…パレスチナで見つかった遺跡や出土品のうち、「統一イスラエル王国」「ユダ王国」「イスラエル王国」に関係すると断定できるものは、一つも…ありません…

もちろん、それよりさらに前の「族長時代」や「エジプト関連」の痕跡なんて、カケラもありません。

それでは、時系列に沿って、哀しい発掘成果を見ていきましょう!

アブラハムは実在したか

ユダヤ人の祖アブラハム。

ノアの洪水の後、最初に神から啓示を受けた人物です。

abraham

息子を生贄にしようとする畜生でもある。

まあ、モデルとなった人物はどこかにいたのかもしれません。でももう昔すぎて痕跡を見つけるのはちょっと無理。

というかそもそも、旧約聖書に書かれたアブラハムの物語は、かなりの部分がフィクションっぽいです。

例えば、アブラハムは175歳まで生きたとされており、さすがにフカし過ぎ。

また、時代錯誤な表現もちらほら。代表的なのは、よく登場する荷物運搬のラクダ。

camel

人類がラクダを家畜化したのはB.C.1000年以降のこと。アブラハムが生きたとされる時代より1000年以上も後のことなのであります。

旧約聖書の編纂が始まったのはB.C.900年以降ですので、まあ言い伝えを当時(旧約聖書が書かれた頃)風に再構築した「物語」なのでしょう。

言い伝えがあるなら、モデルとなった人物はいたのかもしれませんし、複数の族長のエピソードを一人のものとしてまとめたのかもしれません。

ただ、アブラハムに関する考古学的な証拠は見つかっていません(´・ω・`)

イスラエル人はエジプトに行ったか

イスラエルの民がエジプトにいたという痕跡も、一切ありません(´・ω・`)

詳細は↓。

出エジプト記(エジプトとは言っていない)
全39巻に及ぶ旧約聖書の2巻目にあたる、「出エジプト記」。旧約聖書の中でもひときわストーリー性に富んでおり、「モーゼが海を割...
旧約聖書とエジプトの無関係具合
旧約聖書の原文にある「msrym」という単語。これは、一般的には「エジプト」を意味する単語とされていますが、どうも怪しいというのが前...

カナンに侵攻したか

「カナン」というのは、パレスチナ一帯の昔の地名。

神がアブラハムに「与える」と約束した土地のことであります。

B.C.13世紀。

モーセはイスラエル人とともにエジプトを脱出した後、約束の地カナンを目指して長い旅をしました。

しかし、いろいろあってモーセはカナンを目前にして死去。ヨシュアという人物がその後を継ぎました。

moses-appoints-joshua

モーセに指導者として任命されるヨシュア

ヨシュアは軍事の大天才で、指導者になるやいなや、カナンにあった諸都市を次々に征服していきました。

ということで、パレスチナで戦争の痕跡がある古代都市が発掘されれば、カナン侵攻がグッと真実味を帯びるわけです。

で、考古学者が最初に目をつけたのは、パレスチナ北部のエリコという都市でした。

旧約聖書によれば、ヨシュアが最初に攻めたのは、堅牢な城壁に囲まれた「yrhw」という街。

エリコの城壁

司祭達が角笛を吹いて城壁を崩したらしいです。

実際、エリコ近郊の遺跡には立派な城壁が存在しており、その上「yrhw」も「エリコ」と読めなくはない。

エリコの城壁

エリコの城壁???

そんなわけで、「エリコ」=「yrhw」であると断定されました。めでたしめでたし。

しかし。

よくよく調べてみると、エリコ遺跡の城壁は、B.C.20世紀という超古い時期のものだという事が判明。どう頑張っても旧約聖書との辻褄が合わない…(´・ω・`)

さらに注意深く調べてみると、ヨシュアが侵攻したとされるB.C.13世紀の地層からは、人が住んでいた形跡が全くありませんでした。

つまり、ヨシュアがエリコを攻めた頃、エリコという都市は存在しなかったという訳のわからない話になってしまいます(´・ω・`)

他にもパレスチナにはいくつか古代都市の遺跡がありますが、どれも一緒。

B.C.13世紀に人が住んでいなかったとか、存在したけど破壊の跡がないとか、破壊の跡があるけど時代が違うとか。

ヨシュアが侵攻した都市だと断定できる遺跡は一つもありません(´・ω・`)

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イスラエル王国とかいうフィクション

ここまで、旧約聖書に書かれたエピソードが史実であったという証拠はナッシング

しかし、慌ててはいけません。

まだあわてるような時間じゃない

一番大事なのは、イスラエルの民の絶頂期である統一イスラエル王国時代であります。

ダビデ王とソロモン王という2人の偉大な王が築いた黄金時代。

極端な話、この時代の痕跡さえ見つかれば他はまあいいや、くらいの重要性なのです。

統一イスラエル王国のスケール

旧約聖書によれば、ダビデ王はエルサレムを首都と定め、パレスチナの地の大部分を占める強大な国を確立したとされます。

davids-kingdom

イスラエル帝国の最大版図。

また、次の王ソロモンはもう偉大すぎて、世界中の王様が金銀財宝を貢ぎに来るレベル。金がもう余っちゃって、銀なんかゴミ同然でした。

さらに羨ましいことに、ソロモンには正妻が700人、妾が300人もいたとされています。許せません。

harem

ハーレム。

このように、統一イスラエル王国というのは、文字通り黄金時代であり、ユダヤ人にとっての誇りなのであります。

ダビデとソロモンは実在したか

まず、ダビデ王についていうと、正直かなり怪しい。

強大な王国の王であったはずなのに、他国からもパレスチナのどこからも、その存在を裏付けるものは見つかっていません。

ただいちおう、たった一つだけ、薄〜い証拠があります。

それは、イスラエル北部のテル・ダンという地域で見つかった石碑。

tel_dan_inscription

通称『テル・ダン碑文』。B.C.9〜8世紀くらいのもの。

そこには、「bytdwd」という文字列が書かれていました。上の画像の白いとこね。

「byt」は「〜の家」を意味する語。

「dwd」という文字列は「ダビデ」のこと。

であるからして、「bytdwd」は「ダビデの家」であると解釈できるわけです。読み方が違うという説もあります。

「ダビデの家」という表現があるということは、かつてダビデ王が実在した証拠だ!という話になっていきます。

ただまあ実際には、これ単品ではダビデ実在の証明にはなりません。あくまで、「ダビデの末裔を称する者がいたかも」という間接的な証拠でしかありません。

日本に置き換えてみれば、天皇家があるからといって、それが神武天皇の実在を証明するわけではないですよね。

結局のところ、ダビデ本人について直接言及するような古い碑文が出てこない限り、ダビデの実在は証明できないわけです(´・ω・`)

ちなみにソロモン王の方はどうかというと、こちらはシンプルに存在しなかったと言えます。

世界中の王が貢ぎ物を持ってきたにも関わらず、1000人もの女性を囲っていたにも関わらず、ソロモンに言及する碑文はどこからも見つかっていません。ゼロ。皆無。

そんなわけで、ソロモンの実在については、聖書考古学者は諦めムードなのであります(´・ω・`)

統一王国という幻想

では肝心の統一イスラエル王国はどうだったのでしょうか。

旧約聖書を読む限り、統一イスラエル王国はとても豊かな国家でした。

ダビデ王は周辺民族を悉く撃破し、広大な領土を手中に収めました。

ソロモン王は数多くの建設プロジェクトを手がけ、首都エルサレムには豪華絢爛な宮殿や神殿が建てられました。

エルサレム神殿

エルサレム神殿の想像図(※願望)

しかし。

エルサレムでの熱意溢れる発掘調査の結果、B.C.10世紀の地層からは、建物の遺跡はおろか、土器のかけらすら見つかりませんでした。

この事実が示す結論は、ただ一つ。

統一イスラエル王国があったとされる時代、その首都エルサレムのあたりには、誰も住んでいなかったか、非常に小規模な村落しかなかったのであります(´・ω・`)

可能性は0ではない

いちおう補足。

もしかすると、今現在も聖地である「神殿の丘」の下には、遺跡があるかもしれません。

伝承を信じるならば、この神殿の丘はもともとソロモンがエルサレム神殿を建設した場所。

その神殿はB.C.587年にバビロニアに徹底的に破壊されましたが、イスラエル人がバビロンから帰還した後、ここに第二神殿を建設したとされています。

さらにB.C.20世紀には、ユダヤの王ヘロデが大幅に第二神殿を改築し、ヘロデ神殿を築きました。

嘆きの壁

有名な「嘆きの壁」は、ヘロデ神殿の壁。つまりB.C.20年のものに過ぎません。

しかし、さすがに聖地をぶっ壊して発掘調査するなんて非現実的なので、真偽はこれからもずうっと謎のままです。

ただ、もし神殿の丘を発掘して何も発見できなかった場合を想像すると、謎のままにしておいた方がいいのかもしれません。

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分裂後のイスラエル

統一イスラエル王国は、ソロモンの死後まとまりがなくなり、B.C.922年に北の「イスラエル王国」と南の「ユダ王国」に分裂したとされています。

存在すれども証拠なし

この「イスラエル王国」と「ユダ王国」については、冒頭にも書いたように、その「存在」はほぼ決定的です。

なぜなら、アッシリアやエジプトの碑文にハッキリと登場しているから。

そしてパレスチナ各地には、この時代のものと思われる都市の遺跡がいくつかあります。

有名なのは、テル・メギドという遺跡。

tel_megiddo

メガテンをやっていれば、「メギド」というワードにも馴染みがあるはず

メギドからは、B.C.9世紀中頃の建物が多く出土しています。ただ、誰がそれを建てたのかは不明。その用途も不明。

他にもいくつかの遺跡がパレスチナにはありますが、どれ一つとして旧約聖書との関連性を認められた遺跡はありません(´・ω・`)

遺跡はあっても、それがイスラエル人のものだという証拠が出てこないというもどかしさ。「パレスチナの遺跡なんだから、多分イスラエル関連やろ」と推測はするものの、これは願望でしかないのですね。

バビロン捕囚以降

分裂後の2王国も、最終的には滅亡します。

イスラエル王国はB.C.722年にアッシリアに攻められ滅亡。

ユダ王国はB.C.586年にバビロニアに攻められ滅亡。この時、多くのユダ王国の民がバビロニアの王都バビロンへと強制移住させられました(バビロン捕囚)

移住先のバビロンでは、ユダ王国の王様の名前が載った食料配布リストが出土していますので、その規模はともかく、バビロン捕囚自体は多分あったっぽい。

ration tablet
楔形文字で書かれた配給リスト。

B.C.539年にバビロニアが滅亡すると、イスラエル人は解放され、各地へと離散。彼らの一部はイスラエルに戻り、定着していったみたい。

この後しばらくパレスチナの覇者がペルシャやマケドニアとかに代わっていき、その都度属国状態になります。

ちなみに、このあたりの時代の遺跡にも、やっぱりイスラエル人の痕跡はありません(´・ω・`)

例えば、B.C.443年にギリシャの歴史家ヘロドトスが著した「歴史」。

この本はヘロドトスが実際に諸国を旅して書いたもので、オリエント世界のほとんどの地域を網羅していますが、やっぱりイスラエル人については1㍉も触れられていません。

彼らをパレスチナで考古学的にようやく確認できるようになるのは、B.C.143年に興ったハスモン朝の頃になります。

ハスモン朝というのは一瞬独立したユダヤ人(=イスラエル人)の王朝。当時の支配者であるセレウコス朝シリアに反乱を起こして独立を勝ち取ったとされています。この時代の 銀貨が何枚か発見されているので、その存在は裏付けられています。

hasmonean-coins

ポッと出がいきなり反乱を起こして独立というのは現実的ではないので、まあ多分イスラエル人はバビロン捕囚の後からずっとイスラエルにいたんだろうと想像されているのであります。

パレスチナでは何も見つかっていない

ここまで、なんともスッキリしない調査結果を見て来ました。

最初の年表を見ながら、もう一回整理して見ましょう。

B.C.2100年

メソポタミアの遊牧民アブラハムが、神の指示でパレスチナに移住。
→存在した証拠なし

B.C.1700年

アブラハムの孫たちがパレスチナからエジプトに移住するが、やがて奴隷に。
→エジプトにイスラエル人がいた証拠なし

B.C.1280年

モーセに率いられてエジプト脱出。
→大量のイスラエル人が脱走した証拠なし
→モーセが実在した証拠もなし

B.C.1220年

モーセの後継者ヨシュアが、パレスチナに攻め込み、次々に敵を倒す。
→この頃、パレスチナにはほとんど人が住んでいなかった

B.C.1021年

統一イスラエル王国を建国。
→遺跡は皆無

ダビデ王、ソロモン王が優秀で、栄華を極める。
→実在しないっぽい

B.C.922年

ソロモンが死に、内紛発生。

イスラエル王国とユダ王国に分裂。
→どちらも遺跡確認できず
→他国の文献には登場している

B.C.722年

アッシリアに攻められてイスラエル王国滅亡。
→遺跡確認できず
→アッシリアの文献に記述あり

B.C.587年

バビロニアに攻められてユダ王国滅亡。
→遺跡確認できず

バビロンに強制移住※バビロン捕囚
→バビロンの文献に記述あり

B.C.539年

バビロニアがペルシャに滅ぼされ、自由の身になる。

一部のイスラエル人はエルサレムに帰る。
→史実

B.C.333年

その後は、マケドニア→プトレマイオス朝エジプト→セレウコス朝シリアに、順番に支配される。
でも頑張ってエルサレムでの自治を勝ち取る。
→証拠なし

B.C.143年

一瞬独立する。
→史実

B.C.63年

ローマに支配される。
→史実

結局のところ、考古学的に史実であると断言できるのは、バビロン捕囚より後のことしかないわけです。

こうした調査結果を踏まえ、聖書考古学者の主流な意見は、

アブラハムからカナン侵攻までの記述はほぼフィクションだし、統一イスラエル王国は単なる集落程度の規模。ユダ王国とイスラエル王国は、確定的な証拠はないけど多分存在したと思う。

という感じ。我々の履歴書を彷彿とさせる空白だらけの年表です。

なぜパレスチナなのか

こうした結果を見て、旧約聖書は嘘ばっかりと判断するのは簡単です。

しかし、パレスチナから古代イスラエルに関する有力な証拠を発掘できない理由は、本当に史実がショボかったからなのでしょうか。

多くの研究者の頭には強烈な先入観があります。

それは、パレスチナが旧約聖書の舞台であるという思い込み。

「嘆きの壁」をはじめとするB.C.20年頃の遺跡がエルサレムに存在しており、2000年以上もエルサレムは聖地であり続けました。

その歴史は半端なものではなく、先入観を持つのに十分なものです。

しかしその一方で、その先入観があるために、
「パレスチナから証拠が発掘されない」

「旧約聖書は史実ではない」

という結論を導いてしまうのではないでしょうか。

確かにその結論は有力な可能性の一つですが、他の可能性も考えられないでしょうか?

例えば、場所が違うという可能性。

仮に、旧約聖書の舞台がパレスチナではなかったとするならば、パレスチナから何も見つからないのは当然のことでしょう?

というわけで、もう少しで結論だよ〜。

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カテゴリー : 宗教 歴史

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コメント (86件)

  1. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 20:23:54

    面白かった
    ホント勉強になった

  2. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 21:01:23

    パレスチナではなくシリアなのかなぁ…。

  3. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 21:50:36

    アッシリア王に土下座するイスラエル王で
    皇帝の使者に土下座する朝鮮王を思いだした

  4. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 22:05:00

    自分らには関係ない諸国や伝承をわがことの如く書き連ねていったら、なんかとんでもない事になってしまった。正直すまんかった。でも間に受けた君たちも悪いんだよ?

  5. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 23:17:28

    当時の宗教の弾圧による破壊。そのため文明の確認ができなかった。
    まぁ他にも色々な理由が取ってつけることもできるけど推測の域を出ないし世迷言だね。

  6. 名前:名無し 投稿日:2016/12/06(火) 23:26:27

    そもそも遥か太古、「絶対」などと言うモノは、存在してなかった。生きる事が過酷で精一杯の時代、自然すらも脅威でしか無かったのが本質である。その中でも、太陽の光は闇を消し、いの一番に「感謝」の対象となった。感謝の概念は、ケダモノだった人類を「人化」させている。その「概念の取得」へと働きかける呪術師は生まれた。そこに纏ろう取巻きも生まれた。
    栽培が発見され、暦が発見され、次第に「依存する絶対」は、数を増やして行った。取巻きの「繰り返される能書き」は、知識化し教条化し、体系化されて行った。と同時に、取巻きの中にも、感謝を備え無いまま「知識だけを蓄える」輩が生まれ始める。それはイコール、知識の悪用へと繋がっている。道理なのだ。
    ここで最初の「人と獣」の分岐点がある。獣とは「人型獣」の事で「人喰い」の事である。終末論に出て来る獣。詰まり「タルムード人」の事なのである。

    一番最初の「感謝」を、愚直に、そしてひたすらに、研磨し続けると「思いやり」が生まれる。
    逆に、感謝を備え無いまま、知識だけを蓄えると「能書きで誤魔化す」ご都合主義が生まれる。ご都合主義を簡単に言えば「自分さえ良ければ、周りなんてどうなっても構わない」と言うヒトデナシ(獣)精神の事なのである。

    宗教とはご都合主義を内包している。詰まり、宗教の対極にあるのは「思いやり」であり、「感謝を研磨したモノ」なのである。逆に「能書きを研磨したモノ」が宗教なのである。従って幾ら研磨しても「ご都合主義」は消えない。だから宗教は分派する宿命がある。

    これらは全て、一番最初の「感謝の概念」を真に受け継いだか、そうで無いかに繋がっている。真偽の違いである。人か獣かの違いなのである。人の世界は「感謝」に包まれる。八百万(無限)神= 感謝の数なのである。個人の中にも、また人々の空間にも「感謝が溢れる」事になる。感謝独り占めの空間とは、全くの別物なのである。

  7. 名前:名無し 投稿日:2016/12/06(火) 23:47:30

    宗教問題はここに繋がっている。

    ご都合主義を虚飾し、理路整然と理論武装し、美辞麗句化すれば「正義」なのか?、妄信せねば為らない「絶対」なのか?

    だから偽物正義の世界しか築く事が出来ない!

    天世界:
    人間界:真が軸の世界、思いやり
    修羅界:真偽両方の軸の世界、偽物正義
    畜生界:偽が軸の世界、洗脳ゴイム
    餓鬼界:欲が軸の世界、共喰い
    地獄界:

    感謝研磨の一本道を、ただ真っ直ぐに歩いて来た日本人は人間界にいる。成りすました日本人は、修羅界へと足を引っ張っている。欧米は修羅界にある。支那国は畜生界にある。南北朝鮮は餓鬼界にある。

    因みに、支那とは蔑称でも何でもない。レッテル貼りの洗脳である。中国とは遥か昔から「なかこく、なかつくに」と読み「葦原中国」の事である。20世紀になってから、イキナリ中国を名乗り出されても迷惑千万である。

  8. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/06(火) 23:50:47

    日本語でおk

  9. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 03:10:20

    超能力者やら霊能力者、宗教の高徳で世界を俯瞰してる人間はこういう歴史をつまびらかにして現代の人間に提示する必要があると思うんだけどね
    もうそれだけで旧約聖書を上回る大ベストセラー作家だよね
    それも出来ない、宇宙の果ても説明出来ない
    よくそれで普通の人とは違う力の持ち主、神の生まれ変わりとか名乗れるよね

  10. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 07:33:53

    知性を感じるブログほんとすき

  11. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 09:11:48

    真ん中あたりでヘロデ大王が第2神殿を作ったのがBC20世紀になってるよ
    ダビデソロモンどころか、アブラハムより古くなってるし(笑

  12. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 09:32:39

    >ソロモンには正妻が700人、妾が300人
    正妻とは一体……うごごご

  13. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 12:07:53

    マジか…
    ソロモンくらいは本当だと思ってたよ

  14. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 15:54:43

    バビロン捕囚時代に文化・言語が消滅しかけてヤベエって事で聖書の編纂が始まったのなら、それ以前がフィクションなのは不思議じゃないよね

  15. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 17:41:13

    エリコ遺跡の正体が気になる
    紀元前20世紀に城壁都市があってその後長期間都市の痕跡が消滅してるって一体何が

  16. 名前:名無し 投稿日:2016/12/07(水) 17:47:20

    なるほど、ユダヤ人てのは成功した韓国人なんだな(暴言)

  17. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 17:51:28

    管理人さんって、学者か何かなの?

  18. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 19:01:22

    面白かったです。
    できればもっと更新を頻繁に頼みます。

  19. 名前:お結びコロリン 投稿日:2016/12/07(水) 19:24:57

    次の編ではユダヤ人の圧倒的主流派の偽ユダヤ人=アシュケナジーについて、
    その祖先たる、中央アジアで栄えてユダヤ教に改宗したハザール王国に遡サカノボって
    発表して欲しいぜ。

  20. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 19:33:49

    旧約聖書に描かれているソロモン神殿に似たような神殿は、確か別の地にあったような。
    以前ナショジオでやっていた。

  21. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 19:34:24

    シリアって宗教的には凄い重要な場所って聞いたような…。
    メソポタミアのどこかだろうとは思うけど…。

  22. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 20:39:15

    ヒゼキヤ王の印章とシロアム碑文にも触れてほしかった。

  23. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 21:40:41

    聖書アラビア起源説かな?

  24. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 21:55:01

    パレスチナ問題の旧約聖書からのアプローチもいいけど
    そもそもバルフォア宣言において要約するなら「既存の共同体(元々いたアラブ人)の諸権利を妨げてはならない」っていってるくせにユダヤ人の行政機関やヘブライ学校も設置する横暴するから喧嘩になるんだよなぁ

    こうした考察ってシオニズムの勃興したときからあぅたから「いやぁさすがにカナンの地って根拠で帰ったら怒られるでしょ」派もいて他の候補地もあったんだけど「カナンなき帰還とかありえんわ」ってなって今に至る。実際のところ宗教色より民族による自治自決の流行りの社会的、政治的側面のほうが強いんだけどね。

  25. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 22:08:14

    どっこかな~。なんか「河の近く」とか「山が北側に迫っている」とか、逆に見渡す限りの大平原とか、それらしい記述はあるんだろうし、次回に期待。

  26. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/07(水) 22:27:05

    つづき楽しみにしております。

    すでに指摘されていますが、
    可能性は0ではない
    の段で
    B.C.20年とすべきであろうところ、B.C.20世紀になっとります。

  27. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/08(木) 04:13:41

    アークについて知りたい

  28. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/08(木) 15:07:40

    引用元の書籍やサイト名は明記した方がいいと思うよ

  29. 名前:洋楽ファン 投稿日:2016/12/08(木) 15:57:19

    おもしろいです。
    それと表現が本当に上手いですね。時系列のまとめ方、説明の仕方、マンガの挿入、「正妻700人。許せません」とかの細かいツッコミなどなど、素人ではありえない表現力です。
    いよいよ結論が近づいてきました。実はネット検索して、ある程度の知識は得たのですが、スレッド主の文章がおもしろいので、それが楽しみです。

    スレッド主へ、お願いです。
    コメント番号の自動割り当てが、なくなりました。
    サイト全体のデザインが変わったのと同時に、この現象が起きたようです。
    やはりコメント番号がないと返答を書く時が面倒です。対処をお願いします。

  30. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/08(木) 19:46:12

    結論気になるじゃない

  31. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/08(木) 19:55:26

    面白いやん!

  32. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/08(木) 23:16:01

    ようわからんけど
    イスラム凶徒ってずっと紛争して領土の奪い合いしてるから残虐性が高くて
    付随してイスラム教が残虐で他者を平気で踏みにじってもアラーフアクバルで済ませちゃうんだろうなって思った
    こんな連中は絶対日本にいれちゃダメだわ
    移民とか絶対無理

  33. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 00:09:43

    領土争いなら戦国時代とか身内で殺しまくってたし
    宗教による残虐性を問うならオウム真理教は仏教からの派生で神道は廃仏毀釈やらかしてる
    どこの国も似たもんだよ

  34. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 04:16:12

    ようわからんけど
    イスラム凶徒ってずっと紛争して領土の奪い合いしてるから残虐性が高くて
    付随してイスラム教が残虐で他者を平気で踏みにじってもアラーフアクバルで済ませちゃうんだろうなって思った
    こんな連中は絶対日本にいれちゃダメだわ
    移民とか絶対無理

    このまとめのどこを読んだんだよ・・・

  35. 名前:anunnaki 投稿日:2016/12/09(金) 09:59:27

    古代イスラエル……これぞまさしく究極の幻想(ファイナルファンタジー)。

  36. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 10:03:44

    イスラエル=アラビア半島説かな?実際、イエメンにはユダヤ人コミュニティもあったし。
    パレスチナのアラブ人はシオニストの早とちりに遭って、ホントご愁傷様でしたと言わざるを得ない。

  37. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 10:58:10

    いやー、みんな聖地だと思ってたのが実は全然関係ない場所かもしれなかったって何か切なすぎるわ
    何のために戦ってたの?って話よ

    そういえば、メキシコかどっかでGoogleアース見てた子供が遺跡かと思ったら麻薬畑を見つけた話しがあったが
    かつてのメソポタミアの近くの誰もいないような場所を見てみたら意外な発見があったりしないかな

  38. 名前:ボルグ 投稿日:2016/12/09(金) 11:53:08

    イスラエルとユダ王国は、それぞれ土着の村落が発展して別個に王国を作った、という説を読んだことがあります。
    古代中国の殷周もそうですが、何らかの理由で箔が必要でつくった神話というのは世界中でたくさんあると思います。

  39. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 16:42:08

    聖地はもっと○の方角の△△でしたー、なんて判明したら
    啓典の民の文化圏はどうなるのやら。

  40. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/09(金) 18:07:41

    今回もおもしろかったです
    あと他のテキトーなブログなら言わんけど、
    かなり熱心に真面目に記事作成されてると思うので
    できれば資料の引用元つけた方がよろしいかと思います 
    読者側も興味持ってる人多いし検証してみようって人もいそうだし

  41. 名前:洋楽ファン 投稿日:2016/12/09(金) 23:03:11

    祝。コメント番号が復活しました。
    スレッド主へ。
    ありがとうございます。

  42. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/10(土) 11:16:54

    ふと思ったけど、仮にイスラエル建国の首謀者の中にユダヤの聖地はパレスチナではないって知ってる人間がいたとしたら、悲願が叶いそうで叶わない様に別の宗教の聖地一歩手前に建国させてやきもきさせたとしたら、イスラムの聖地に侵略し中東に戦乱をもたらしたユダヤ人が将来的に大罪人になる様に画策した者がいたとしたら……、やっぱ白人って陰湿だな。(まあただの偶然なのかもしれんが)

  43. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/11(日) 02:54:39

    ※30
    結論だけでいいなら聖書アラビア起源説でググれば

  44. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/11(日) 13:40:33

    まあ、考古学者の言うことは話半分で聞かなきゃな
    あいつら100年位でコロッということ買えやがるから

  45. 名前:アナベル・加トー少佐 投稿日:2016/12/11(日) 19:45:53

    聖書パレスチナ問題が片付いたらユダヤカザール問題へ行ってほしい。

  46. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/12(月) 01:43:12

    世界最初の宗教って、エジプトから独立した神官達の国「アメン大司祭国家」の誕生から始まってるんだよね。ここからアーメンは開始されたんだよ。と、いう事は、洗脳ゴイムもここから始まってるんだよ。神官ってのは、元々は取り巻き連中って事だよ。

  47. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/12(月) 21:32:56

    ※44
    逆に意地でも考えを変えない学界なんか嫌だわ。あの頑固な神学ですら、科学的手法により解釈がしばしば変わっているっていうのに。

    歴史なんて深海や宇宙を探索するより分からないことだらけの難解な学問だからな。それを理解しないで教科書に載るような定説が簡単かつ明確に生み出されてると錯覚している人間が多すぎる。出土した遺物や遺跡の年代を確定させるのがどんなに難しいか、博物館とかに飾られている遺物の年代観のなんとテキトーなことか、ちょっと勉強してもらえればよく分かると思うんだけどな。まぁ興味ない人にとっては算術だけがれっきとした科学に見えるんだろうが。

  48. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/12(月) 23:08:46

    ユダヤ絡みは、虚実が入り混じって、何が何だかわかりにくいけど、
    この時期は、非常にわかりやすい上に、勉強になった。

  49. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/12(月) 23:35:45

    明治時代の火力発電所冷却水取水口が2003年に発掘されたそうな…

    資料から、そこにあったのはわかっていて、かつ写真も残っていたが、とっくに撤去されていたので遺構が残っていたのが発見なんだとか。

    それが何でいつどこにあったかわかっていても、現物がないと実感はわかないし証拠保全としても不十分。捏造だとか言い出すやつまで現れかねない。

    逆にこの記事のように、何かがあるがそれが何なのか記録が残ってないと混乱する大混乱するってのがよくわかる逸話だった。
    東急高島町駅跡地に埋まっていた、横浜共同電灯・裏高島町発電所の話。

  50. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/13(火) 08:40:28

    世界史で習ったから普通に史実だと思ってたら史実か怪しいのばっかで草

  51. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/13(火) 21:56:53

    今から30年ほど前、カマール・サリービーという人物が「聖書アラビア起源説」(草思社)を発表された。そして、この本の中でサリービーは旧約聖書の舞台はパレスチナではなくアシールであると述べていた。エデンの園もソドムとゴモラ、さらにはエルサレムとダビデの都なども、すべてアシールの地名にその痕跡が残っていると証明された。
    この本はまず、ドイツで翻訳され、雑誌「シュピーゲル」が大々的に取り上げた。その後、ヨーロッパで次々に翻訳され、ミリオンセラーになっていった。日本ではほとんど話題にはならなかったが、それは日本人の多くが旧約聖書そのものに関心を持っていなかったからかもしれない。しかし、欧米ではキリスト教がその根底にあるがゆえに、大地が揺れるほどの騒動が、その当時世界を騒がせていた。
    筆者のサリービーは、その本の序文で次のように述べられている。「聖書の真の誕生地が、パレスチナではなく、アラビア半島の西部だったのではないかと考えはじめたとき、私はそれ以上研究を続けていくことにかなりの勇気を要し、また研究の結果を書物に著すには、さらに勇気が必要であった」
    「パレスチナで遺跡発掘が盛んに行われたにもかかわらず、旧約聖書の舞台であることを示す確固たる証拠は出土していない。そもそもダビデとソロモンが現在のエルサレムにかつていたことを証明する碑文さえ、いまだに発見されていないのはなぜか…,これら多くの疑問に対して、筆者のサリービー氏は、それは誤った場所を掘り返しているからだ、と確信を持って主張している」
    カマール・サリービーがその本を著してからすでに30年ほどの歳月が流れた。そしてその間、常にシオニスト・ユダヤは戸惑い続けていた。しかし、カマール・サリービー氏が述べた「聖書アラビア起源説」が正しいことと証明されたことになるのであった。
    カマール・サリービーはその「出エジプト記」の真実の場所を著書の注釈中で次のように述べている。
    ただし、彼はヘブライ語やアラビア語を並べて説明しているので、ここではそれらのことを省略して引用する。「創世記と出エジプト記のなかで、MSRYMの地にイスラエル人が滞在したこととの関連で言及されているゴシェン、ビトム、ラメセスがエジプトに位置していたかどうか、まだ納得のいく説明はなされていない。ゴシェン、ビトム、そしてラメセスは、今なおアラビア半島西部のMSRYM地方、すなわちアシール内陸部に残っているのである」
    さらに、モーセがシナイ山、すなわちホレブの山で見た炎は燃えているが柴は燃えきっていないという奇跡のことが述べられている。そのことについても、カマール・サリービーは次のように述べている。
    「これまで聖書のホレブ山は、シナイにあるものとされてきた。しかし、そこにはそれに相当する地名は見当たらない。学者たちは、柴は火に『燃えているのに、その柴はなくならなかった』とあることから、これは火山のことだと解釈している。しかし、シナイ半島には、火山活動の跡はどこにもない。そのため、研究者たちのなかには、ホレブ山の位置をシナイから一転して、北ヒジャーズの火山地帯に求めた者もいたが、これも結果としては徒労に終わっている。
    しかし、コーランは正確にホレブ山の位置を告げている。それは、今日ジャバル・ハーディーと呼ばれている場所で、アシールの沿岸地方に孤峰としてそびえる山である。このジャバル・ハーディーには、今なおティワーという名の村が残っている。またその近くのワーディ・バカラ渓谷の近くを流れる一支流も、かつてはティワーと呼ばれていた。さらにこの同じ地域には、ハーリブという名の村が今も残っている。このためこの村のはずれにあるジャバル・ハーディーが、ホレブ山という名をつけられることになったにちがいない。また、問題のこの地方の全域が溶岩層からなっており、かつて火山活動があったことがうかがえるのである」たしかに今日、すなわちホレブ山といえば、必ずエジプトとイスラエルの間に位置するシナイ半島の荒涼たる山が紹介される。そして、シナイ観光と称して多くの人々がそこを訪れている。しかし、シナイ山はそこではなく、アラビアにあることがここで述べられていることになる。
    そういえばパウロが新約聖書「ガラテヤ人への手紙(4・25)」の中で、シナイ山はアラビアにあると述べていた。「このハガルは、アラビアにあるシナイ山のことで、今のエルサレムに当たります………」
    パウロの時代(2000年前)にも、シナイ山はアラビア半島にあることが明らかだった。
    このように旧約聖書の舞台はアシール地方だったのである。しかし、シオニスト・ユダヤ人たちもこの真実に気づかなかった。彼らは間違ったところにイスラエルを建国してしまったのであった。

  52. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/14(水) 00:18:20

    種の起源は我が韓半島にあったニダ。
    ノアの箱舟も、キリストの誕生も、そしてイスラエル王朝勃興も
    例に漏れずに我が韓半島で起こった事象ニダ!!

  53. 名前:  投稿日:2016/12/14(水) 01:06:49

    アラビア半島西部の神に約束された土地を巡って、イスラエルとサウジアラビア王国が争うことになるのかな。そうしたらスエズ運河経由の海上輸送航路に支障が出て、地中海航路だったものが減少して、北米パナマ、北海、北極海、喜望峰周りの輸送量が増加することになると思う。
    イエメンの内戦を後ろから支援しているのはサウジアラビア軍だし、石油価格が今年前半下落してたせいで、サウジの財政にも支障が出てきて、王制の基盤も揺らいでるし、また中東でひと悶着ありそうですね。

  54. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/14(水) 01:14:55

    アメリカとインドを間違えた奴もいるくらいだし、
    昔の書物なら位置が大きくずれててもおかしくはないな

  55. 名前:名無し猫 投稿日:2016/12/14(水) 08:42:50

    >>ダビデ王、ソロモン王が優秀で、栄華を極める → 実在しないっぽい

    ソロモンについてはイエスも述べている

    野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。(ルカ12-27)

  56. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/14(水) 10:21:11

    妻が多すぎるのは下半身的に過労死不可避なので盛り過ぎ注意である

  57. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/14(水) 15:08:06

    アッシリアとバビロンの記録から
    そんなに遠くには無いということはわかるのにね

    文書化される以前なんて年代も適当だろうから年代が伝承と大きくかけ離れてる可能性も否めない

  58. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/15(木) 02:43:39

    半万年前から文明があったという隣の半島はどうなんですか?w

  59. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/15(木) 17:31:57

    日本も神代の伝承は怪しいけど、心の底で「たぶん事実とはかなり違うんだろうな」って解った上で、礼儀として信じている。つーか採用している。
    どうせ神武天皇がなんだろーとどうだろーと、現代日本人が殺し合うような事態にはならないしね。

    でも、聖地関係では今も殺し合いが起きている。
    それで「実は間違いでしたー」は許されるのか?罷り通るのか?

  60. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/15(木) 22:16:27

    >我々の履歴書を彷彿とさせる空白だらけの年表です。

    ほっとけw

  61. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/15(木) 22:42:25

    ※60
    まったく同じこと書き込もうとしてたら先に書かれてたwww

    これがシンクロニシティ!(違うw

  62. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/16(金) 18:15:50

    証拠がない=史実ではない、という前提あってこその理屈だからなぁ、何とも言えん。
    まぁ、学問的にはそうでなきゃ困るのは分かるけど、それはそれで味気ない気はするなぁ。
    結論は出さない方が夢があっていい気はするが。

  63. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/19(月) 07:38:48

    パレスチナは日本だった。
    これはありえるな。

  64. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/20(火) 01:04:09

    宗教に歴史を持ち込んだところで行き着く先は宗教という物語
    正論も史実も事実も宗教の前には陳腐なものでしかない

  65. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/20(火) 02:31:53

    妄想の史書を民族全体で信じ込んで語り継いでたら
    2000年後に30億人洗脳したわやったー
    ってこったな、恐ろしい

  66. 名前:名無しさん 投稿日:2016/12/20(火) 10:48:39

    ソロモン伝説は借りパクだろうね
    いつのまにか他民族の伝説を自分のだと
    勘違いしたんだろう
    願望と共に

  67. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/20(火) 12:26:31

    ソースの無い珍説をぶち挙げられてもなぁ

  68. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/21(水) 01:27:19

    アサヒった可能性は?

    王「盛って偉大に仕上げといて」

  69. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/21(水) 12:12:26

    まっ有史以来の歴史はほぼ疑って掛かってるからなぁ。。真実の歴史は闇にってさえ思ってる。

  70. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/21(水) 12:29:43

    聖書アラビア起源説を真に受けてるアホは結構いるんだな

  71. 名前:洋楽ファン 投稿日:2016/12/22(木) 17:15:04

    >(以下、記事の文章)

    >結局のところ、考古学的に史実であると断言できるのは、バビロン捕囚より後のことしかないわけです。
    >しかし、パレスチナから古代イスラエルに関する有力な証拠を発掘できない理由は、本当に史実がショボかったからなのでしょうか。
    >例えば、場所が違うという可能性。
    >仮に、旧約聖書の舞台がパレスチナではなかったとするならば、パレスチナから何も見つからないのは当然のことでしょう?

     ここが要点です。
    「証拠の不在が、強力な否定の証拠になる」というケースです。
    「パレスチナを掘っても何も出てこない」→「旧約聖書の舞台はパレスチナ以外である」
     このように推論するのが、科学的合理的な思考です。
     もしスレッド主に反論するのなら、パレスチナを自分で掘って証拠を発掘するしかないわけです。しかし、今までの発掘で何も出てこないのだから、もう絶対に出てきませんね。つまり、スレッド主への反論は不可能です。

     次回の結論は、すでに検索して、ある程度、知っているのですが、まとめ方を楽しみにしています。

  72. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/23(金) 04:34:25

    パレスチナからは何も出てないって言ってる人はメシャ碑文とか知ってるの?

  73. 名前:洋楽ファン 投稿日:2016/12/24(土) 11:27:07

     スレッド主の記事をよく読んでください。以下の文脈です。
    「旧約聖書の舞台がパレスチナならば、パレスチナから数え切れないほどの多数の考古学的な証拠が見つかるはずである」
     ここでメシャ碑文について再考しましょう。
    「メシャ碑文は1868年ドイツ人宣教師F. A. クラインによってディボンで発見された」

     証拠らしいものは、たった1個だけです。
     なぜ、たった1個だけなのか?
     本来ならパレスチナから数え切れないほどの多数の証拠が見つかるはずです。
     たった1個だけなんて、あまりにも証拠の数が少なすぎませんか?
     こうなるとメシャ碑文の信憑性も怪しいのです。

     これは、ただのコピー・ペーストではないのか? 聖書の文章との辻褄合わせのために後世の誰かが作った、ただのコピー・ペーストではないのか?
     そのぐらい信憑性が怪しいです。、
     たった、1個だけで「旧約聖書の舞台がパレスチナである」と信じろ、と?

     依然としてスレッド主の主張は信憑性があります。
     ここが要点です。
    「証拠の不在が、強力な否定の証拠になる」というケースです。
    「パレスチナを掘っても何も出てこない」→「旧約聖書の舞台はパレスチナ以外である」

  74. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/24(土) 12:37:44

    パレスチナ以外からは何一つ証拠は出ていないし、これからも出てこないのは保証しておく

  75. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2016/12/25(日) 09:55:51

    イスラエル人を語ること自体がタブーだったってことないかな、、、?
    さすがにタブーでも1つくらいは資料見つかるか

  76. 名前:名無し 投稿日:2016/12/26(月) 02:03:15

    夏王朝みたいなもんだろ
    集落レベルの王国

  77. 名前:洋楽ファン 投稿日:2016/12/26(月) 16:39:39

    >76
    >夏王朝みたいなもんだろ
    >集落レベルの王国

     その説は、記事にも書いてあります。

    >(以下、記事)
    >こうした調査結果を踏まえ、聖書考古学者の主流な意見は、
    >「アブラハムからカナン侵攻までの記述はほぼフィクションだし、統一イスラエル王国は単なる集落程度の規模。ユダ王国とイスラエル王国は、確定的な証拠はないけど多分存在したと思う。」
    >という感じ。我々の履歴書を彷彿とさせる空白だらけの年表です。

    「我々の履歴書を彷彿とさせる」だけ余計ですがww
     つまり、権威ある専門の学者たちも、旧約聖書の「統一イスラエル王国」の記述には否定的な見解です。

    >(以下、記事)
    >そんなわけで、ソロモンの実在については、聖書考古学者は諦めムードなのであります
    (´・ω・`)

    >旧約聖書を読む限り、統一イスラエル王国はとても豊かな国家でした。
    >ダビデ王は周辺民族を悉く撃破し、広大な領土を手中に収めました。
    >ソロモン王は数多くの建設プロジェクトを手がけ、首都エルサレムには豪華絢爛な宮殿や神殿が建てられました。

    >しかし。
    >エルサレムでの熱意溢れる発掘調査の結果、B.C.10世紀の地層からは、建物の遺跡はおろか、土器のかけらすら見つかりませんでした。

    >この事実が示す結論は、ただ一つ。
    >統一イスラエル王国があったとされる時代、その首都エルサレムのあたりには、誰も住んでいなかったか、非常に小規模な村落しかなかったのであります
    (´・ω・`)

    「統一イスラエル王国と首都エルサレムの豪華絢爛な宮殿や神殿は全部、作り話だった」と権威ある聖書考古学者たちも受け入れる方向のようです。
     しかし、だからこそ、「パレスチナは何もなさそうだから、他を探そうぜ。まだ掘ってない場所があるぞ」という発想も出てくるわけです。こちらの方が科学的合理的な思考でしょう。何しろ、まだ掘ってない場所が無数にあるのですから。
    わくわくします。

  78. 名前:植木 投稿日:2017/01/07(土) 15:37:39

    ペリシテ人の土地のカナン地域に移り住んだとするユダヤ人の正統な後継が
    滅んでしまったので傍系が散り散りになったとされる一族を探す事でその
    正当性を訴えている後継者物語に付き合うのは大変だと思います。

    しかも、ユダヤの女から生まれるか、ユダヤ教徒でないとユダヤ人を
    名乗れないと決めたので血統からユダヤ人は語れない時代となっている。

    傍系の伝承から作られた万能な書物、民族史、法律、唄、預言書のエッセンスを
    まとめた聖書と呼ばれるダイジェスト版がベストセラーになっている。

    ペルシャ、地中海一帯を入れたペリシテ人の土地を思うと、カナンが今の
    場所であったのかすら疑問に思えるが、聖書の記述から文献学が発展して行き
    その研究が諸科学へ与えた影響を想うと

    我々が本当に知りたい事はまだ先にある事は見えて来たそんな時代を感じます。

  79. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/01/14(土) 16:37:39

    朝鮮人もビックリの捏造だらけやないかい

  80. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/01/22(日) 02:19:03

    そもそも文化の中核である文字からして起源も文字の使用の歴史も
    もともと当人達に無関係なんだから、初期歴史も他人の物でしょう。
    英国と英字の起源のほうがよっぽど関係が深い(普及には貢献した)
    のだから、パクリ元がどの時代のどんな民族のどんな伝承なのかを
    テキストごとにたてわけして(パクリ元が違う可能性があるから)
    時代と場所ごとに並べてパクリの系譜を再現するしかないでしょう。
    パクリのパクリによる合流が進んでからのしかないと、ほぼ無理ぽ。

  81. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/01/31(火) 00:02:36

    ダビデもソロモンもいなかったとか本当なら結構ショック

  82. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/02/07(火) 05:54:36

    古今東西 強者の嘘は真実になり弱者の真実は嘘になります

  83. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/02/24(金) 15:45:14

    こういうの読むと、ユダヤ人と韓国人って似てるなと思う。
    旧約聖書も壇君神話と同じレベル。

  84. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/03/01(水) 04:47:05

    古代人のねつ造と近代人のねつ造を一緒にしてはいけないと思う

  85. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/03/06(月) 09:51:55

    面白かったわ最後まで読んでしまった

  86. 名前:名無しさん@腹筋崩壊 投稿日:2017/03/09(木) 15:57:51

    聖バビロン学院大学・・・(小声)

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