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戦場での楽しみwwwwww

世界で最も有名になったゲームボーイをご存じでしょうか。

それは、ニューヨークにある任天堂マニアの聖地、「Nintendo World Store」に展示してある、この黒こげのゲームボーイ。

本当に真っ黒焦げ。真っ白なゲームボーイのイメージの欠片もありません。どこからどう見ても、そこらのゴミ箱からあさってきたとしか見られない代物です。

何故こんなものが任天堂の聖地に飾ってあるかというと、

湾岸戦争で空爆を受けて崩壊した建物から見つかったゲームボーイ

という凄まじい経歴の持ち主だからなのです。

こんな状態になりながらも、液晶を交換しただけで修理完了。今でもけなげにテトリスのデモムービーを流し続けています。これは、ゲームボーイがいかに頑丈かを物語る、知る人ぞ知るエピソードです。

「Nintendo War」の意味

何故、湾岸戦争での瓦礫の中からゲームボーイが「発見」されたのでしょうか。

それは、任天堂が「ゲーム屋が出来る国際貢献!」とばかりにゲームボーイとテトリスを米軍に大量に提供したためです。

湾岸戦争は「ニンテンドウ・ウォー」と呼ばれる事があります。これは、テレビから流れてくる戦地の動画がまるで「ゲームのようだ」と言われた事からきています。

さらにそれに加えて、文字通り「ゲームが兵士を助けた」戦争だった、という二重の意味を持ちます。

「ゲームが兵士を助けた」というのは、兵士のメンタルケアに貢献したということ。兵士にとって戦場で最も恐ろしい敵は「」なのです。

兵士、それも最前線というと常に銃弾が飛び交い、生きるか死ぬかの紙一重の戦闘が常に行われているイメージがあります。

しかし、実際には、最前線でも待機時間がかなりの割合を占めており、我々がイメージするマジの最前線は、本当に一部のエリア、限られた時間でしかありません。

とはいえ、いつ襲撃されるか分からず、一度前線に出たら、長期間に渡り勤務しなければなりません。暇といえども、緊張が緩む暇がない時間が何日も続くのです。しかも、盛大に騒ぐことも酒に逃げることも出来ません。また、娯楽用品を持ち込むにも、ただでさえ重荷を担ぐ兵士達が持てる娯楽用品は限られます。

このような状態は、兵士の精神に酷く圧迫感を与え、時にはその緊張が続く退屈さに耐えられず、自殺する者も発生します。

このような「敵」から身を守るために、ゲームボーイは大いなる武器となったのです。

軽く小さく延々と持ち場で時間を潰せ、急に襲撃を受けてもすぐに放り投げて銃を取る。それがゲームボーイでした。

湾岸戦争では、戦闘ストレス反応、いわゆるシェル・ショックが、ベトナム戦争に比べてとても少なかったのですが、その理由の一つにゲームボーイの活躍があったのは間違いありません。

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飯の恨みは恐ろしい

このように、湾岸戦争におけるゲームボーイの活躍は、戦場での娯楽がいかに大切かを端的に表しているわけですが、暇は兵士の精神を蝕む大敵というのは昔から知られていました。

そのため、古今東西の軍隊は、兵士へ娯楽を提供する事に腐心する事となります。

その中でも、特に力が注がれたのが、食事です。

最近某ゲームで有名になった給糧艦「間宮」では、<ラムネ・アイス・最中などを製造して補給できました。


給糧艦「間宮」

艦これ「間宮さん」

長期間に渡って上陸できない軍艦では、食事が最も大きな娯楽。間宮から補給を受けるときの水兵達はもう大喜びだったとか。

もっとも、アメリカは更に上をいっており、戦艦自体にアイスクリーム製造器が備え付けられていました。これに並ぶ時に限っては階級は関係なくなり、たとえ司令官といえども割り込みできなかったと言われています。

逆に、飯が粗末で反乱が起きたのが映画にもなった「ポチョムキンの叛乱」です。

中央左の白シャツが叛乱の首謀者

ポチョムキンは、旧ロシア帝国末期に建造された戦艦ですが、「昼飯に腐った肉しかでない」という理由で叛乱が発生し、艦長以下士官数名が射殺されています…。おそろC。

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食卓は銃口より生まれる

一般に、食糧に関しては海軍の方が事情が良い、と言われています。なぜなら、艦艇に食糧を大量に詰め込めるからです。

一方の陸軍の方はかなり過酷で、そもそも持ち歩ける食料も限られています。

一般的な歩兵では、1回に携帯出来る食糧はたったの3日分。量的にも消費期限的にそのくらいが限界なのです。

かつての戦闘食糧といえば、長い間、干飯やパン(というか、ビスケットに近いもの)、干し肉という程度のもので、栄養バランスや味は殆ど顧みられませんでした。

それを変えたのは、かのナポレオン。彼が皇帝になった直後、遠征軍向けに食糧の長期保存法を考えたものに、1万2千フラン(日本円で300万円くらい)の賞金を与えるというコンペを行いました。

その結果出来上がったのが、「瓶詰め」の技術です。

これは、これまで保存食に出来なかった様々な種類の食糧を保存可能にする画期的な技術。おかげで、戦場での食糧事情も大きな飛躍を遂げました。

この食料保存技術は、1810年の缶詰の考案を経て、1950年代からはフリーズドライによる保存戦闘食糧(レーション)の開発へと至ります。こうして、戦場の食糧の質は更に向上されました。

マズくて有名なレーション

といっても、「戦場で温かい飯を食べたい!」という欲求は尽きることはありません。

現在のアメリカのレーションは、発熱剤を水に入れてその熱で食糧を温める、という工夫がされています。

また、米軍では後方基地では立派な食堂が設けられ、戦線からそう離れていないところならオードブルで食事を食べられるまでに進歩してきました。

瓶詰も缶詰もフリーズドライも、現在の食卓に欠かすことはできない技術です。

我々の食卓は、銃口から生まれたと言っても過言ではないのです。

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日本が誇る最精鋭兵器

さて、「食い物のことでしか怒らないんじゃないか」と疑われるくらい、食にかける情念が半端ない我が国ではどうでしょうか?

実は、自衛隊は、カンボジアPKO派遣国が集まって開催された「戦闘糧食コンテスト」で優勝しちゃうくらい旨いものを作っています。

そんな自衛隊が誇る野戦用調理兵器こそが、この「野外炊具」です。

野外炊具1号

野外炊具とは、読んで文字のごとく「野外で料理をする道具」ですが、その規模が半端ありません。なんと、1台で600人分もの米を炊きあげたり、汁物・ごはん・おかずを200人前準備できる優れものです。

この「兵器」は、日本で最も実戦経験があると言われます。それは、災害時にもその能力を被災者に温かい食糧を届け続けているからです。

災害に巻き込まれた被災者は、何日も冷めたオニギリやパンだけで凌ぐことになるわけですが、この野外炊具が到着すると、被災者は温かいご飯や豚汁を口にする事が出来るのです。

当然、これは東日本大震災でも派遣され、被災者の一人は「自衛隊が持ってきた豚汁を飲んだらホッとして涙が出てきた」と述べていました。

このように、戦場や被災地などの極圏状態においては、温かい飯というのは、ただの娯楽ではなく、生きる勇気や希望をもたらすもの。こういった備えがあるというのは実に心強いですね。

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