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	<title>衛生 | 腹筋崩壊ニュース</title>
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	<description>あなたの知的好奇心を刺激する</description>
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	<title>衛生 | 腹筋崩壊ニュース</title>
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	<item>
		<title>ペスト大流行が人類にもたらしたもの</title>
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		<dc:creator><![CDATA[腹筋崩壊ニュース 管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 02 Jan 2015 03:05:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[自然・生物]]></category>
		<category><![CDATA[ペスト]]></category>
		<category><![CDATA[伝染病]]></category>
		<category><![CDATA[対策]]></category>
		<category><![CDATA[衛生]]></category>
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					<description><![CDATA[2014年10月、あるアメリカの女性に全世界の注目が集まりました。 彼女はタレントではありません。 そして、新細胞を発見するような、何かの偉業を成し遂げたわけでもありません。 彼女は、「外に出ただけ」で世界中から賞賛と批 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2014年10月、あるアメリカの女性に全世界の注目が集まりました。</p>
<p><a title="2014-12-29-21-27-27" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/c/d/cd6446bf.jpg" target="_blank"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/c/d/cd6446bf.jpg" alt="2014-12-29-21-27-27" width="400" height="284" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p>彼女はタレントではありません。

そして、新細胞を発見するような、何かの偉業を成し遂げたわけでもありません。</p>
<p>彼女は、「外に出ただけ」で世界中から賞賛と批判を浴びせられました。</p>
<p>なぜでしょうか？</p>
<p>それは、彼女が「<span class="red">エボラ出血熱に感染した疑いがあり、自宅に隔離されていた</span>」からです。</p>
<p>彼女の名は、ケーシー・ヒコックス。

エボラ出血熱で苦しむ患者を救済するために、彼女は「国境なき医師団」のメンバーとして、シエラレオネに赴きました。</p>
<p>そして、そこでこの世の地獄と対峙しながら、看護師として献身的に働き、2014年10月24日にアメリカに帰国。</p>
<p>しかし、帰国した彼女を待っていたのは、凱旋パーティーではなく、白い防護服に身を固めた男たちによる「<span class="red">尋問</span>」でした。</p>
<p>彼女はそこで3時間もの間、なにもわからないまま「まるで犯罪者のように扱われた」のです。</p>
<p>実はこの日、ニュージャージー州（彼女が帰国した空港のある州）とニューヨーク州では、

「<span class="blue">西アフリカから帰国したエボラ患者と接触した可能性がある医療従事者の隔離</span>」

を実施したのです。</p>
<p>彼女はその隔離第一号でした。</p>
<p>暴力的とも言える措置に彼女は精神的にダメージを受けた上、大学病院の中に設けられた「隔離テント」に3日間隔離されました。</p>
<p><a title="2014-12-29-21-29-49" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/7/171e74f1.jpg" target="_blank"><img decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/7/171e74f1.jpg" alt="2014-12-29-21-29-49" width="400" height="308" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p>結局、検査でエボラウイルスに感染してないと判明したため退院したのですが、自宅のあるメーン州知事はエボラウイルスの潜伏期間である<span class="red">21日間</span>、自宅待機を命令。</p>
<p>先に述べた外出はその命令を破ってのものでした。</p>
<p>この行動にあたり、彼女は

「<span class="red">科学的な根拠もないのに、自分の市民権が侵されるのを傍観しているわけにはいかない</span>」

というコメントを出しています。</p>
<p class="info">（なお、この命令は法律に基づくものではないため、外出したから罰則を与える､と言うことはできません）</p>
<p>これに対し、アメリカ国内では、「身勝手」「もし感染していたらどうするんだ！？」という彼女を批判する意見が、当然ながら続出しました。</p>
<p>また、この隔離政策は政治問題にもなり、オバマ大統領は、

「<span class="blue">われわれは、猛威をふるっている地域でこの病気に対応しようとして海外に行く医療従事者を支援しなければならない</span>」

と述べ、一部の州で行われている強制隔離を批判。同時に、政府としてのガイドラインを公表しました。</p>
<p>それに対し、強制隔離を決めた州知事からは、

「<span class="red">オバマ政権が出したガイドラインは分かりにくく、有効ではない</span>」

「<span class="red">隔離はエボラ出血熱の感染を防ぐための有効な方法である</span>」

と述べ、対立の姿勢を取りました。</p>
<p>この対立は、中間選挙があったり、感染の拡大が収まったりで、なんとなくうやむやになりましたが、「<span class="red">隔離政策</span>」の難しさを改めて浮かび上がらせる結果となりました。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ペストの大流行</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">14世紀の医学とペスト</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">伝染する事の発見</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">公衆衛生と利益の対立</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">公衆衛生の向上</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">ペストの流行がもたらしたもの</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">ペストの大流行</span></h2>
<p>さて、アメリカを一瞬揺るがした、流行病に対する「隔離」。これは、14世紀の<span class="red">ペスト大流行</span>に端を発しています。</p>
<p>1346年から1370年頃、ヨーロッパで空前絶後の猛威をふるったペスト。その有様は、<span class="red">悲惨</span>の一言に尽きました。</p>
<p>14世紀のペスト大流行での死者は詳しく分かっていませんが、2000～3000万人（ヨーロッパ人口の1/3～2/3！）と推定されています。

まさに、死に神の鎌がヨーロッパを覆い尽くし、もはや死体を埋める人すらいない状況。当時の人類は、なすすべ無く神に祈るしかありませんでした。</p>
<p><a title="2015-01-02-00-17-45" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/d/0d32ecd7.jpg" target="_blank"><img decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/d/0d32ecd7.jpg" alt="2015-01-02-00-17-45" width="400" height="285" border="0" hspace="5" /></a></p>
<h2><span id="toc2">14世紀の医学とペスト</span></h2>
<p>こんな時、本来ならお医者さんが活躍してくれるものですが、当時の西洋医学は、ヒポクラテス<span class="info">（<a href="https://fknews-2ch.net/archives/38770268.html" target="_blank">参考記事</a>）</span>の時代からほとんど進歩していませんでした。当然、病原菌の存在など知る由もなく、ペストが大流行した原因についても自由奔放な推論がなされています。</p>
<p>例えば、1348年にパリ大学は、ペスト流行の原因を「<span class="red">火星と木星と土星が一列に並んだせい</span>」と公式に表明しています。</p>
<p>他にも、「地震が起きて、地下の瘴気が漏れたからだ」なんて説もありました。</p>
<p>いずれにせよ、病気が<span class="red">伝染する</span>などということは、「医学的」には考えられなかったのです。</p>
<p>また、ペスト医師と呼ばれるペスト治療専門の医師もいましたが、14世紀の大流行時に目立った成果を挙げた記録はありません。</p>
<p><a title="2015-01-02-00-11-05" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/e/f/ef4026e7.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/e/f/ef4026e7.jpg" alt="2015-01-02-00-11-05" width="400" height="554" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">ちなみにこのかっこいいペストマスクは、17世紀に発明されたもの。

この頃にはまだありません。</p>
<h2><span id="toc3">伝染する事の発見</span></h2>
<p>このように、お医者さんが全然頼りにならない状況の為、ヨーロッパの指導者層は、ペストの治療には一切期待しないようになります。彼らの目標は、「ペストの蔓延を防ぐにはどうすればいいか」という点にシフトしていきます。</p>
<p>その手法が「隔離」だったというわけですね。</p>
<p>スペインのある港都市にイスラム教徒が隔離されたゲットーがあったのですが、その港町をペストが襲った時、隔離されていたことが逆に功を奏してイスラム教徒は誰一人ペストに罹患しませんでした。<span class="info">（※イスラム教徒は「アッラーのおかげ」と解釈していますが。）</span></p>
<p>ある賢明な大富豪は、屋敷に覆いを作り、食糧や日用品をしこたま買い込み、家族と使用人と共に外との接触を断ったところ、その街でペストが流行しても感染しなかった、という話も伝わっています。</p>
<p>こういった経験・実績の積み重ねから、</p>
<div class="kakoi">
「なんか患者から患者に伝染しているんじゃね？」

↓

「ペスト流行地域を隔離すべし！」</div>
<p>という考え方が生まれてきたと考えられています。</p>
<p>歴史に残る限り、最初の法的な隔離政策は、ペスト大流行が終息しつつあった1374年1月にレッジョ公国（イタリア北部の都市国家）が公布したもので、その内容は極めて苛烈なものでした。</p>
<div class="kakoi">
・ペスト患者は看護せず、町外れの原野に投げ捨てること

・ペスト患者を原野に連れて行ったものは10日間街に帰ってきてはならない

・司祭と医師はペスト患者を発見したらすぐに衛生委員会に届けねばならない

・許可無くペスト患者に近づいてはならない

・上記に違反したら、財産没収の上、火あぶりの刑
</div>
<p>しかし、この鬼畜っぷりから、当時のヨーロッパにおいてペストがどれほどの恐怖であったか伺えます。</p>
<p>こうした流れの中で、世界初の<span class="blue">検疫</span>が、1377年にヴェニスで始まります。</p>
<p>ヴェニスでは、オリエント方面から来た船がペストを持ってきていると睨んでいました。そこで、「<span class="red">ペスト感染が疑われる国や地域から来た船舶は40日間、入港を認めない</span>」という厳しい法律を定めたのです。</p>
<p><a title="2005-03-23-08-44-15" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/7/a/7a813278.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/7/a/7a813278.jpg" alt="2005-03-23-08-44-15" width="400" height="143" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">停泊させられている貿易船</p>
<p>余談ですが、「40」というイタリア語（Quaranta）が英語の「Quarantine（検疫）」の語源になったというのは有名な話ですが、これは、この40日間の事を指すのです。</p>
<p>実際のところ、ペストの潜伏期間は<span class="blue">長くて1週間程度</span>なので、40日間はややオーバースペック。これは聖書に基づいて設定された期間という説が有力です。</p>
<p>・モーセが民を率いて<span class="red">40</span>年間荒野を彷徨った

・ノアの洪水は<span class="red">40</span>日続いた

・キリストも、モーセに倣って<span class="red">40</span>日間断食した</p>
<p>このように、「40」という数字は特に旧約聖書に頻出する数字。要は縁起を担いで決めた期間なわけですね。</p>
<h2><span id="toc4">公衆衛生と利益の対立</span></h2>
<p>こういった隔離政策や検疫は、実際に有効だったため、イタリア諸国は次々と「衛生委員会」なるものを立ち上げ、その指揮のもとで隔離政策をより一層精力的に行っていきます。</p>
<p>しかし、時代を経るにつれ、この衛生委員会の権限は徐々に拡大し、「<span class="red">拷問を含む</span>」逮捕権を持たせちゃう国もありました。

強制力を持たせなければ、ペストの拡大を防げないと委員会は考えたのですね。</p>
<p>しかし、この隔離政策は、市民（特に商人）とは全く相容れないものでした。</p>
<p>また、感染した地域から流通が途絶えるとことは、その地域から商品を仕入れている商人からすれば、悪夢以外の何物でもありません。商品を焼却されたり、燻されたり、放置されたり、と商品価値が大きく損なわれる措置が取られたからです。</p>
<p>商人に対する保障など何もなかった当時、これは即破産を意味します。</p>
<p>また、「衛生通行証」という「ペストに感染した地域から来ていません」という証明書を持ち歩かなければならないなど、とかく煩わしい事が増えました。</p>
<p>また、一般市民もこの「検疫」や「隔離政策」について両手を揚げて歓迎したかというと、決してそんなことはありません。</p>
<p>ペストが発生すると、その地域は隔離されます。隔離されている間、ろくな食料や医療の提供はなく、ただ事態が収まるのを待つだけ。しかも、その地域から逃げ出せば死刑を含む罰則がありました。</p>
<p>そのため、当時の人は「<span class="red">衛生官に見つかったら、ペストで死ぬが先か、餓死で死ぬが先か</span>」と、衛生官を激しく恐れ憎みました。</p>
<p>しかし、衛生委員会には、ペストの予防という大義名分があり、その権力をどんどん増大させていきました。</p>
<p>ヴェネチアの衛生局の場合で言うと、<span class="red">食糧全般</span>、<span class="red">下水道などの衛生インフラ</span>、<span class="red">病院</span>、<span class="red">薬</span>、<span class="red">乞食</span>、<span class="pink">売春婦</span>・・・と、人間の生活に関わるほとんどをその管理・監督下においていました。自由を愛する市民からしてみれば、やってられねえわけです。</p>
<p>ましてや、ペストの疑いがあるものを逮捕したり、ペスト患者をかくまってる疑いがあるものを拷問したり、商品を強制的に焼却処分したり、という諸々の権限が与えられていったのですから、市民の衛生局に対する恐怖と憎しみは高まる一方です。</p>
<p>衛生官が暴行されたりすることも度々あり、当局は「衛生官に対する暴言や暴力を禁止する」という命令を出すところもあるくらいでした。</p>
<h2><span id="toc5">公衆衛生の向上</span></h2>
<p>ですが、長い目で見れば、この衛生委員会の介入は、<span class="blue">公衆衛生の向上</span>につながっていきます。</p>
<p>当時、ペストの原因はわかっていなかったけれども、「不衛生なところでは空気が腐敗し、その腐敗した空気が蔓延することでペストが発生する」という直感的な洞察がされていました。</p>
<p>この「空気が腐敗する」というのは現代の医学的知見からすれば間違っているけども、「不衛生なところでは病気が流行りやすい」というのは、正鵠を得ていました。</p>
<p>「<a href="https://fknews-2ch.net/archives/41797826.html" target="_blank">大昔のトイレがけっこうスゴい件</a>」でも触れましたが、中世ヨーロッパにおいては、<span class="red">糞尿が市街地に垂れ流し</span>という状態がデフォルト。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/8/7/87a6bae9.jpg" alt="2014-11-14-07-37-10" width="361" height="512" border="0" hspace="5" /></p>
<p class="info">汚物が撒かれ、悪臭に満ち溢れた街</p>
<p>これに対し、ミラノ当局が１５９０年に公布した法令には、</p>
<div class="kakoi">
・家ごとに１個以上タンク（＝おまる）を置かねばならない

・タンクは当局が認めた技師が設計したものでなければならない
</div>
<p>と非常に先駆的なことが記載されています。</p>
<p>また、貧困街においても、</p>
<div class="kakoi">
・どんな貧民でも１部屋にベッドを３つ以上おいてはならない

・ベットを３人以上で使いまわしてはいけない
</div>
<p>と規定されています。これもペストがノミから感染することを考えると、理にかなった命令です。</p>
<p>しかし、これらの法令は、<span class="red">市民生活を圧迫する</span>ものでもありました。おまるの代金は家計を苦しめますし、貧民街で安宿貸しを営んでる業者からすれば、ベット数の規制は回転率を下げる営業妨害にほかなりません。</p>
<p>当時の市民の教育基準は驚くほど低く、「<span class="red">なぜ衛生状態を改善しなければならないのか</span>」を理解させることは困難でした。また、人間とは喉元をすぎれば熱さを忘れるもので、目先の手間や利益の方が大事になってしまうのです。</p>
<p>それに対して、「ペストの再流行の恐怖」がヒステリーの域まで高まっていた衛生当局は次々に厳しい政策を打ちたて、両者の対立は、かたちを変えながらも、現代に至るまで続きます。</p>
<p>冒頭のヒコックスさんの事例も同じようなものですよね。「利益」が「人権」という言葉に変わってはいますが。</p>
<h2><span id="toc6">ペストの流行がもたらしたもの</span></h2>
<p>ペストという疫病に対しては、<span class="blue">衛生局が勝利した</span>と歴史は教えてくれます。なぜなら、小流行は何度かありつつも、再び数千万規模の死者を出すペストはそれ以降訪れていないからです。</p>
<p>ただ、ペスト予防に対する取締りは商業的に不利益をもたらし、ひいては国力を大きく損なう結果になることは、当時の当局も認識していました。</p>
<p>そうなると、流通や貿易に大きな影響を与える「ペストの発生」は、他の国家の当局に知られたくないものとなります。こうして、衛生局の重要な仕事に「地域内のペストの流行を他の国に流さない」ことも付け加えられました。</p>
<p>とはいえ、他の国家の正確な情報は知りたいもの。各国にペストの発生状況を探らせるスパイを派遣したりもしていました。</p>
<p>こうして、<span class="blue">情報管理</span>・<span class="blue">情報収集</span>の分野が発展してきました。</p>
<p>また、ペストの発生に伴い、労働者も次々に失業していきました。例えば、織物職人は羊毛が焼き払われてしまえば、織物を作れず失業してしまいます。当時の労働者には貯金も社会保障もありませんので、失業＝餓死でした。</p>
<p>そこで、失業者に対して、資金の貸付や公共事業の斡旋などを行うようになります。この効果がどの程度だったかは諸説ありますが、少なくとも近代社会における<span class="red">「社会保障」の芽生え</span>であったのではないか、と考えられます。</p>
<hr />
<p>まあ、長々と色々書いてきましたが、これらはペストが社会を動かした、ほんの一例にしか過ぎません。</p>
<p>ペスト菌、それは目に見えないほど小さな微生物です。しかし、その微生物が人間の社会に大きな変革を促してきたことは、まぎれもない事実です。</p>
<p>人類はこれからも、ペストやコレラやエイズやエボラの時と同じように、新たな疫病に立ち向かっていくことになるでしょう。それが新たな進歩のきっかけになれば嬉しいですね。</p>
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			</item>
		<item>
		<title>大昔のトイレがけっこうスゴい件</title>
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		<dc:creator><![CDATA[腹筋崩壊ニュース 管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 14 Nov 2014 09:35:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[世界史]]></category>
		<category><![CDATA[生活]]></category>
		<category><![CDATA[トイレ]]></category>
		<category><![CDATA[技術]]></category>
		<category><![CDATA[汚物]]></category>
		<category><![CDATA[衛生]]></category>
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					<description><![CDATA[我々の生活に欠かせない設備であるトイレ。生物である以上、排泄という行為は絶対に切り離せないものです。 長い人生の中で、トイレで過ごす時間は3年間とも言われています。完全に人生の一部になっています。 そんな大事なトイレは、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>我々の生活に欠かせない設備である<strong>トイレ</strong>。生物である以上、排泄という行為は絶対に切り離せないものです。</p>
<p>長い人生の中で、トイレで過ごす時間は<span class="red">3年間</span>とも言われています。完全に人生の一部になっています。</p>
<p><a title="2014-11-14-08-22-34" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/f/0f55dee9.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/f/0f55dee9.jpg" alt="2014-11-14-08-22-34" width="400" height="383" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p>そんな大事なトイレは、時代や地域によって技術的や文化的な差はあるものの、基本的には「流す」「捨てる」「埋める」の三パターンです。</p>
<p>排泄は人間にとって生理現象ですので、文明が発達するより前から、トイレ的な場所は存在していました。</p>
<p>そして、世界各地で古代文明が発展してくるにつれ、想像以上に<span class="blue">ちゃんとしたトイレ</span>が整備されていってたのです。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">大昔のトイレ</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">古代ギリシャ・ローマのトイレ</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">中世ヨーロッパ</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">日本のトイレ</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">うんちの価値は</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">大昔のトイレ</span></h2>
<p>現在確認されている<span class="red">世界最古のトイレ</span>は、イラクにある古代メソポタミア文明のテル・アスマル遺跡から発見されています。<span class="red">紀元前22世紀</span>頃のもので、宮殿にはレンガ製の便器があり、今でいう洋式タイプでした。</p>
<p><a title="2014-11-11-16-55-34" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/4/2/4254746e.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/4/2/4254746e.jpg" alt="2014-11-11-16-55-34" width="400" height="222" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">写真がない…</p>
<p>そして、この便器は、なんと<span class="blue">地下の下水管</span>に通じていて、その下水管から川へと流されるようになっていました。下水管にはアーチ状の石が積み上げられ、メンテ用の通路まで設けられていました。</p>
<p><a title="2014-11-12-07-34-34" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/a/8/a8e06750.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/a/8/a8e06750.jpg" alt="2014-11-12-07-34-34" width="400" height="335" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">下水管</p>
<p>4000年以上前に、現代と変わらない仕組みの水洗式トイレが存在したという事実。すごいですね（こなみ）</p>
<p>また、インダス文明（紀元前20世紀～紀元前17世紀）における最大の都市、モヘンジョ=ダロからも、古いトイレの遺跡が見つかっています。</p>
<p><a title="2014-11-11-16-44-22" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/3/7/37f95a47.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/3/7/37f95a47.jpg" alt="2014-11-11-16-44-22" width="400" height="472" border="0" hspace="5" /></a>

こちらも水洗式で、汚水は竪樋を通って地下の沈殿槽に流される仕組み。大変清潔なものでした。ただし、このトイレを使えるのは上流階級のみだったようです。</p>
<p>エーゲ海のクレタ島にあるクノッソス宮殿（紀元前20世紀～紀元前13世紀）にも、水洗トイレがありました。</p>
<p><a title="2014-11-12-21-47-22" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/8/b/8b110ae6.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/8/b/8b110ae6.jpg" alt="2014-11-12-21-47-22" width="400" height="197" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">ミノタウロス伝説で有名ですね</p>
<p>この宮殿のトイレは<span class="red">王妃専用</span>。床に溝が掘ってあって、そこに侍女が外から桶で水を流すという仕組み。その溝は下水道に繋がっており、これもまた立派な水洗式トイレと言えます。</p>
<p><a title="2014-11-12-20-48-41" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/8/0809989a.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/8/0809989a.jpg" alt="2014-11-12-20-48-41" width="400" height="243" border="0" hspace="5" /></a></p>
<h2><span id="toc2">古代ギリシャ・ローマのトイレ</span></h2>
<p>少し時代が下り、紀元前8世紀くらいになると、古代ギリシャ文明が発展してきします。多くの偉人を輩出し、学問の基礎を築いた古代ギリシャでしたが、トイレはさっぱり発達しませんでした。</p>
<p>当然、下水なんて概念はなく、野グソ立ション当たり前、ほぼ<span class="red">垂れ流しに近い状態</span>だったと言われています。</p>
<p>しかし、ローマ帝国時代になると、ついに<span class="blue">水洗式の公衆トイレ</span>が登場しています。現在のトルコ西部にあるエフェソス遺跡には、当時の姿がそのままで残っています。</p>
<p><a title="2014-11-12-21-02-38" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/3/2/32968ec1.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/3/2/32968ec1.jpg" alt="2014-11-12-21-02-38" width="400" height="300" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">隣との距離感ｗ</p>
<p>古代ローマでは、トイレに限らず上下水道がかなり整備されていました。ローマの下水システムは、<span class="blue">クロアカ・マキシマ</span>と言われ、ローマの中心部を走っています。</p>
<p><a title="2014-11-12-21-21-56" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/6/3/63facba7.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/6/3/63facba7.jpg" alt="2014-11-12-21-21-56" width="400" height="283" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">赤い線がクロアカ・マキシマ</p>
<p><a title="2014-11-12-21-18-04" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/7/9/7992ccd5.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/7/9/7992ccd5.jpg" alt="2014-11-12-21-18-04" width="400" height="267" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">一部は今でも使われてるとか</p>
<p>名前からしてかっこいいクロアカ・マキシマですが、人口が増えるにつれ、汚物を処理しきれなくなります。また、さすがに個人の家にまで下水管は通じておらず、人々は一旦溜めた汚水を都市から離れた共同の処理場まで捨てにいかなくてはなりませんでした。</p>
<p>当然、それを面倒くさがって、窓から外に捨てる奴が出てきます。古代ローマでは、幾度も<span class="red">汚物の投げ捨て禁止令</span>が発布されましたが、なかなか投げ捨ては無くなりませんでした。</p>
<p>共同の処理場からは常に悪臭が漂い、これが疫病を招き、ローマ衰退の一因になったという説もあります。</p>
<h2><span id="toc3">中世ヨーロッパ</span></h2>
<p>中世のヨーロッパにおける公衆衛生の劣悪さは有名です。</p>
<p>ローマ帝国の時代にはある程度整備されていた水洗式のトイレですが、ローマ帝国の滅亡と同時に失われ、衛生概念は驚くほど衰退してしまいます。</p>
<p>トイレがあったのはごく一部の修道院やお城だけ。一般の家庭ではおまる式の便器が使用されていました。</p>
<p><a title="2014-11-14-07-21-22" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/7/0782fe2e.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/7/0782fe2e.jpg" alt="2014-11-14-07-21-22" width="400" height="300" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p>汚物が溜まれば決められた場所に捨てに行かなければならないのですが、ローマ帝国時代の末期から既に行われていたように、<span class="red">窓から投げ捨てる行為</span>がもはや習慣となっていました。法規制も効果が無く、捨てる前には必ず掛け声を掛けて知らせるというルールまで出来たほどでした。</p>
<p>現代に残る絵画などから、優雅で華やかな雰囲気が感じられる中世ヨーロッパの生活ですが、都市はゴミと汚物で溢れ想像を絶するほどの不潔さと悪臭に満ちていたと言われています。</p>
<p>また、こうした状況は貴族や王族といった身分の高い人々でも同じでした。ルイ14世の居城であったヴェルサイユ宮殿には、いす式のトイレが多数設置されていました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/d/1/d10a2047.jpg" alt="2014-11-14-07-21-26" width="320" height="214" border="0" hspace="5" /></p>
<p>ただし、これも水洗式のトイレなどではなく、高級なおまるのようなもので、便器の下の空間が汚物槽になっていて溜まれば捨てに行かなければなりませんでした。そして、こうした便器がいくらあっても、実際に宮殿で生活する貴族や召使の数に比べれば全く足りていない状況でした。</p>
<p>必然的に、中味を捨てる回数も多くなるワケですが、捨てる場所というのが、なんと宮殿の中庭や建物の陰だったので、都市部と同様にとんでもない悪臭が漂っていました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/8/7/87a6bae9.jpg" alt="2014-11-14-07-37-10" width="361" height="512" border="0" hspace="5" /></p>
<p>ハイヒールやマントや日傘は、この汚物を避けるための装備だったというのはよく知られていますよね。</p>
<p>このような劣悪な環境におかれていたのですから、ペストやコレラが大流行したのも避けられない運命だったと言えます。</p>
<h2><span id="toc4">日本のトイレ</span></h2>
<p>さて、それでは我らが日本ではどうだったのでしょうか。</p>
<p>縄文時代や弥生時代は、川の上に木を組んで穴が開いているデッキのようなものを作り、そこから直接川に排泄していました。</p>
<p><a title="2014-11-12-21-31-19" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/f/c/fc7df9bb.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/f/c/fc7df9bb.jpg" alt="2014-11-12-21-31-19" width="400" height="300" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">これを「川屋」（かわや）と言い、後の「厠」の語源となったのは言うまでもない</p>
<p>この川屋は、自然の川の力を利用してはいますが、日本でも古代のトイレはいちおう水洗式だったわけですね。</p>
<p>飛鳥時代までは、集落の周りに堀を築いて川の代わりにしたり、建物の中に川の水を引き込む水路を作るなどして、この「<span class="blue">天然式</span>」水洗トイレを利用していました。</p>
<p>ところが、平安時代になると、貴族の間でのトイレの主流は「<span class="red">樋箱</span>」と呼ばれる木製の「おまる」になります。この箱の底には砂が敷かれ、引き出しのような仕組みになっています。</p>
<p><a title="2014-11-12-21-31-14" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/b/0/b0878964.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/b/0/b0878964.jpg" alt="2014-11-12-21-31-14" width="400" height="300" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">用を足した後、底の部分を引き出して中の排泄物を捨てる。</p>
<p>この「おまる」式は、貴族達にとっては大変優れたトイレでした。

まず、この写真の鳥居みたいになってる部分に着物の裾を掛けられる。

また、使用人が体調管理の為に排泄物を目視できる。

貴族の生活には欠かせないものでした。</p>
<p>なお、都市部の庶民たちは、この時代でも適当にそこらへんで用を足していたようです。</p>
<p><a title="2011-06-06-23-43-27" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/1/117c3bb6.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/1/117c3bb6.jpg" alt="2011-06-06-23-43-27" width="400" height="254" border="0" hspace="5" /></a></p>
<h2><span id="toc5">うんちの価値は</span></h2>
<p>江戸時代に入ると、大規模な汚物槽を備え、人が回収する汲み取り式の便所が主流となっていきます。この汲み取り式は、なにげに昭和の初期まで続きます。</p>
<p>現代の感覚だと、こうした汲み取り式、いわゆる<span class="red">ボットン便所</span>には抵抗を感じてしまいます。</p>
<p>しかし、江戸時代には、うんちを川に流したり埋めたり捨てたり、処分する訳にはいきませんでした。</p>
<p>なぜなら、当時の日本は農業大国だったから。つまり、<span class="red">肥料としての人糞</span>の需要がたいへん高かったのです。</p>
<p>世界で初めて人糞を肥料として使ったのは、鎌倉時代の日本でした。これは世界的にはかなり異端で、殆どの国ではあり得ない行為でした。

「食べ物を生産する畑に人のうんちをかけるなんてとんでもない！」という感覚ですね。</p>
<p>この人糞はなかなかの値段で売れたようで、長屋の大家さんは共同便所で住人のうんちを<span class="blue">一括管理</span>し、「下肥問屋」と呼ばれる人糞専門の問屋へ売却していました。大家さんにしてみると、大切な収入源の一つだったのです。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/0/2/02b82bdf.jpg" alt="2011-12-04-12-40-33" width="314" height="235" border="0" hspace="5" /></p>
<p class="info">長屋の共同便所</p>
<p>こういう話、「うんこ製造機」の異名を持つ我々からすると、なんとも羨ましい時代ではあります。</p>
<p>なお、大名屋敷・武家・町屋とで、うんちの価格にも違いがありました。<span class="blue">良いものを食べてる人は、良いうんちを出す</span>というわけです。</p>
<p>最高品質を誇る<span class="red">江戸城からのうんち</span>は、葛西村（今の東京都江東区）が独占していたなんて話もあります。</p>
<p>しかし、近代化が進むにつれ、安くて手軽な化学肥料が開発され、人糞の価値も無くなっていきます。</p>
<p>また、町が発展したことで排泄物を溜めておく場所も無くなってきたことから、トイレの主流は再び水洗式へと変わり、現代へと至るのです。</p>
<p><a title="2014-11-14-07-51-07" href="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/4/14467399.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" class="pict" src="https://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/1/4/14467399.jpg" alt="2014-11-14-07-51-07" width="400" height="300" border="0" hspace="5" /></a></p>
<p class="info">最新のトイレ。かっこE。</p>
<hr />
<p>こうして比較してみると、日本人の「清潔さ」に対する意識の高さは、かなりの水準だと分かります。</p>
<p>海外から日本に来る観光客に人気の日本のお土産の一つは、「<span class="blue">温水洗浄便座</span>」。いわゆるウォシュレット付きの便座です。</p>
<p>そもそも、西洋から入ってきたスタイルの便座ですが、日本独自の進化を遂げ、欧米からも高い評価を受けています。これも、日本人の清潔に対する意識の高さが引き起こした進化と言えますね。</p>
<p>自分・・・ホルホルいいっすか？</p>
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